ささくれとレモネード
中学校で陸上部に所属すると、本格的な指導の元、実力は伸びていった。
強豪校として県内では有名だったその場所で、厳しい練習にも食らいついていった。
心の隙に潜んでいた不安もいつの間にか消えていて、足を動かすことが楽しくて堪らなかった。
選考会の代表になり、補欠の先輩に嫌味を言われたこともあったけれど、日々を陸上に費やしてきた執念が気持ちを強く保っていた。
しかし、それは突然のことだったーー陸上に懸けた情熱が打ち砕かれたのは。
走ることを奪われてーーいや、今思えば俺からそれを手放してしまったのだ。
瞼の裏に映るのは恩人とも呼ぶべき”彼”のシルエット。
頬はこけ、痩せ細った顔がゆっくりと微笑む。
その辛そうな笑顔を思い浮かべるのに伴う大きな痛みは、一生続いていくのだろう。
俺だけではなく、きっとこの人もーーそう思いながら自分の母親を横目に見遣った。
「もし、何かの機会があったら、」
テンポの悪い言い種に耳を傾けると、母は一息ついて続けた。
「ハルちゃんに話してあげてほしいの、あの、日記のこと」