ささくれとレモネード
降りしきる雨の中、滑りやすい下り坂に足をとられながら、榛名は隣の人物のことをずっと気にしていた。
『俺、今日バイトだから』その一言で駅まで一緒に歩いているのに、三浦はそれ以来口を開かない。
紺色の傘下を覗きこんでみるけれど、彼の顔はよく見えない。左手をポケットに突っ込んで、珍しく背中を丸めて歩いているようだった。
彼も足元を気にしているのか、そうして榛名も何も言わずに隣に付いていた。
幾つもの前照灯が擦れ違うその下り坂で、後方で不意にクラクションが鳴った。
その瞬間、榛名は身を固くした。
雨は、嫌いだ。
春と同じくらい、嫌いだった。
後ろを振り返ってみたけれど、車の列はいつもよりゆっくりと流れているだけで、特段の乱れは無い。
「北村?」
前を向くと、三浦が不思議そうに見ていた。
「どうした、」
そう尋ねられると、榛名は首を振ってそれから三浦に追い付いた。
「少しびっくりしただけ、クラクションに」
「そっか、」
そうして榛名が追い付くと、窮屈そうに肩を並べて再び歩き出した。
「よく降るな、最近」
ぽつりと呟いた声に、榛名は頷く。
「そうだね」
大蛇のようにうねっている坂を下りて大通りに差し掛かるまで、三浦はそれきり何も言わない。
何かを言いたげに時々身体だけを向けるのだけど、榛名がその視線を感じ取ると、すぐに前を向いてしまう。
自分のものより少し大きな傘が揺れれば、今こちらを見ていたことは明白なのに、と、榛名はもどかしく感じていた。