ささくれとレモネード



「位置について、用意、」


ピストルの音が澄んだ空気の中を響き渡る。その瞬間、歓声とともに5人の走者がスタートした。


榛名のクラスは優勢だった。先頭走者は2位という好順位に付けている。


その後ろをぴったりと瞬が付けていた。彩花は隣で声を発さず、胸の前で両手を握り締めていた。


その祈るようなポーズは、大声で他クラスを応援することが出来ないならせめて、といったところだろう。


二人目の走者に繋ぐ時点で瞬が追い上げ、三クラスがほぼ一線に並んだ。


「まずいな、あいつ三組のスプリンターだぞ」


近くに居た男子のぼやく通り、その陸上部員が上位二クラスの前に抜きん出た。


しかし第3、第4走者で五組がトップに躍り出る。三浦や瞬の居るクラスだ。


襷がアンカーへと渡される瞬間、榛名の緊張は最高潮に達した。


五組のアンカーは三浦だ。


ぶらぶらと手慣れたように身体をほぐし、襷が渡る瞬間の振り返った姿を目に焼き付けた。


険しいというよりもっと真摯な瞳が一瞬で後方の走者を捉えて駆け出した。


三浦に襷が渡った直後に、隣のレーンから上野がスタートする。優勝争いはほぼこの二人に託されたようなものだった。


それまでの選手は300mのトラックを一周半回るが、アンカーは半周多く、二周分を駆け抜ける。


歓声はさらに大きくなる。上野は顔が広く、あの通り人当たりも良いので、他学年からの黄色い声援も上書きされた。


半周回るところでは、三浦が頭ひとつ分リードしていた。


「上野!追い上げろー!」


その声で三浦が後方をちらっと振り向く。


それに応じて上野の足が加速する。


一周すると再び付かず離れずの好走になった。


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