ささくれとレモネード



二人は五組の教室へ場所を移した。ひっそりとした校舎にはもう、一般の生徒の気配は殆ど無かった。


残っているのは委員くらいで、時折どこからか笑い声が耳に届いた。体育祭も滞りなく終了したので、この後の集まりではきっと打ち上げの話なんかが浮かんでくるのだろう。


ともすれば、ここでのんびりしている暇はないのだが、と榛名は三浦の背中に目をやった。


三浦が閉めきっていた窓の鍵を全て開けると、さわやかな空気が流れてきた。それが微かに榛名の頬を掠めると、日に焼けた部分が少しひりつく。


「こっち、来れば?」


中途半端に距離を置いて突っ立っていた榛名に、三浦は促した。


同じ教室の筈なのに、自分のクラスとは違う空気に纏われているのを不思議と感じていた。


黒板には『2の5目指せ優勝!』と鮮やかに彩られた文字とともに、行事ならではの浮かれた書き込みや落書きが為されている。


掲示板には写真が多く飾られていて、行事の度にカメラを抱えている五組の担任を思い出した。


いつも無愛想なその人が撮る写真には、笑顔も何かに夢中な横顔も、幸せな雰囲気を醸し出している。


美術部の顧問ということもあって、レイアウトもお手のものなのだろう。殺風景な自分のクラスの教室を思い浮かべたら、あまりの違いになんだか笑いが込み上げてきた。


「それって、」


二、三歩近寄った三浦が何かを言い掛ける。


振り返ってその視線を追うと、その先には後ろで組んでいた榛名の腕先がある。


すっかり掲示板に気をとられて背を向けてしまった所為で、三浦の意識は見覚えのあるミサンガに集中している。


どう弁解すればよいかと榛名は思考をフル回転させたけれど、使い果たした緊張のせいでため息が出てしまうと、もうどうでも良くなったように戯けてみせた。


「お揃いだね、」


へへ、と付け加えてみるが、三浦は照れもせず訝しげに呟いた。


「最初ため息出てたけど」

「いや、気のせいじゃないかな」

「じゃないだろ、こっちがため息つきたいくらいの見事なため息だったぞ」


なんだよ、と三浦が髪の毛を掻き上げる。


「俺だって素直に喜びたかったんだけど」


あちこちを走り回っていたから、いつもは下ろしている前髪がなかなか落ちて来ずに、三浦の額が露になる。


あどけない生え際のあたりが、大人びた三浦の佇まいに違和感を起こす。


その違和感が多分、世間の女子が好きな『ギャップ』と呼ばれるもので、榛名も例外なく惹かれていた。


< 133 / 136 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop