ささくれとレモネード



上野は残された榛名の方を見て瞬きをする。


それから一言だけ言うと、すぐに三浦の後を追っていった。


「三浦のこと本気にさせてくれて、ありがとう」


榛名は上野の言葉を反芻する。嬉しくて、舞い上がりそうだった。


ふと横を見ると三浦の鞄が取り残されている、榛名はそれに手を掛けた。


これから自分のクラスへ戻って荷物をまとめて、委員会に顔をーー段取りに気をとられていた。


だから、つい手が滑ったのだ。


運悪く、鞄の口が全開だったために大きな音を立てて中のものが全てひっくり返ってしまった。


榛名はしゃがみ込むと、慌てて散らかったそれらに手を伸ばした。


飲みかけのペットボトルの蓋がきちんと閉まっていたのが不幸中の幸いだった。


スマートフォンが見当たらないが三浦は身につけていたのだろうか、不安が募りながらもあるものに手を伸ばした。



生徒手帳、きちんと持ち歩くタイプなんだーーそう思うとなんだか可笑しくなってくる。


青い革のその手帳を手に取ると、ついつい榛名の指がその中身を開いた。


こんな機会中々ないのだから、と、榛名は笑いを堪えながら高校生に成りたての彼の写真を見つけた、と、その裏表紙から何か紙のようなものが落ちていった。


それを無意識に拾い上げ焦点を合わせるとーー榛名の動きが止まった。


一枚の写真だった。


土手沿いの桜並木で、女の子が眼鏡を掛けたショートヘアーの女性にしがみつきながら無邪気に笑っている。


その隣で前髪の隙間からこちらを見つめている男の子が居る。口はへの字に曲がっていて、どこか照れくさそうに立っていた。


もしかして、これは小さいときの三浦なのだろうか、彼は妹が居ると言っていたことを思い出した。


ではこの男の子の肩に両手を乗せている男性はーー


「う、そ、」


細身の男性は目がなくなるほどくしゃっと笑っていた。


榛名はその男性に、思えばその桜並木にも見覚えがあった。


唇がわなわなと震え出す。口許を覆っても震えは止まらず、呼吸さえ乱れ始めていた。


信じがたいその光景に、いつか凍りついた時の針が動き出したようだった。


遠くの方から自分のことを呼ぶ声がする。


力の入らなくなった指から写真がひらりと逃げてゆく。


恐怖が凄まじいスピードで追いかけてくるような気がして、堪らず榛名は呟いた。



「ーーどう、し、て、」


覚束無い足取りを何とか動かすと、榛名はその場所から逃げ出した。



写真に映る色白の男性は至って健康そうに見えた。


でも、榛名の知っているその男性は、左腕が思うように動かなくなってしまったはずだった。


だとすれば、もし同一人物ならば、彼は三浦とーー沸き起こる疑問からその身を引きずるようにして、榛名は校舎から逃げ出した。



榛名は泣いていた、その胸に絶望を抱えながら。





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