ささくれとレモネード
榛名は両脇にコースを挟み、白線に爪先を揃える。それを横目に、三浦はカチカチとストップウォッチを動かす。
「何者なの」
先程からのスマートな動きに、榛名は疑問を投げ掛けた。
「足、回さないと挫くぞ」
三浦は苦笑しながら、50m地点へ歩いていった。
上手くかわされた榛名は、ストレッチをしながら頭を働かせた。
彼は陸上部なのではなかろうか。あの慣れた手つきと、先生の言葉。
千原は陸上部の顧問だ。
足を怪我して走りにくいのではないだろうか。だから授業を欠席した。
だとしたら、あの日は――なぜ保健室に居たのだろうか。
「行くぞー」
張り上げた声に驚いて、榛名は思考回路を停止させた。
ゆっくりと腰を落として拳を握る。
澄み切った夕空の下、彼の手が挙がったのを合図に榛名は駆け出した。
「まあまあ速いじゃん」
必死に息をつく榛名はストップウォッチを差し出された。
人並みの8秒台はそれほど驚く事ではない。それでも三浦は満足そうに頷いた。
「からかってるの?」
「いや、全然。次、俺のタイムよろしく」
どこか掴み所のない男だ、榛名は不服に思いながらストップウォッチを受け取った。