ささくれとレモネード
軽いストレッチを始めた三浦に、榛名は話しかけた。
「ねえ、もしかして、怪我してたの」
瞬間、彼は手を止めた。
それから、ぜんまい仕掛けのようにくるりと顔を向けた。
「なんで、知ってんの、」
これまでの柔らかい表情が消えた。
何か気に障るようなことを言っただろうかーー戸惑いながら、榛名は口早に根拠を述べた。
「さっき、先生が『足は大丈夫か』って聞いていたから――」
ようやく三浦は瞬きをして、ああ、と思い出したように目線を落とした。
「怪我は――治ってる、とっくに」
『とっくに』その響きは明らかに違和感を含めていた。
返事のない榛名を見上げて、三浦はようやく眉を下げた。
彼は少し困ったように笑ったけれど、榛名はそれ以上問い質せなかった。
すたすたと歩いていく背中は、なんだか小さく見えてーー聞いてはいけないような気がした。
50m先で片手を上げたのを見留めて、榛名が始まりの合図を挙げる。
その瞬間、彼は駆け出した。