ささくれとレモネード
聞き覚えのある名前に反応した胸の内を隠して、榛名は首を振った。
「つい最近、顔と名前を知ったばかりです」
「ああ、そうなのね。じゃあ気のせいかしらね」
一人で納得した千原を不思議に思って、榛名は尋ねた。
「あの、それがどうなさったんですか」
千原は、いやあ、と焦ったように目を丸くしてから、少し唸って黙ってしまった。
長身でてきぱきとした印象の千原が、こういう表情を見せるのは珍しかった。
その様相を暫く見守っていると、千原が沈黙を破った。
「三浦くん、これまで陸上競技の授業に出席したことがなかったのよ」
千原の言葉を、以前、瞬が言っていたことと照らし合わせてみる。そこには明らかな違和感があった。
瞬の言動から、これまで三浦は授業は見学扱いだったというニュアンスを受け取っていた。
それが実は授業自体に参加してなかったということが、千原の言葉から分かった。
陸上競技は全員必須の種目で、実質3ヶ月間行われる、だとしたらーー疑問に思った榛名は眉を潜めた。
「それじゃあ、単位落としてませんか?」
千原は苦々しく頷いた。
「本来なら、ね」
含みを持たせた言葉に、さらに榛名の顔が険しくなる。それを目の当たりにした千原は、その続きを語り出した。