ささくれとレモネード
「じゃあ、お父さんと2人暮らしかあ」
榛名は無意識に呟き、自分に置き換えて想像しようとした刹那。
先に階段を降りようとした足がふと止まった。それはほんの一瞬だった。
「あいつは死んだよ」
淡々としたリズムで足を滑らせる彼の背中が小さくなる。
「酔っ払いのろくでなし。暴れるだけ暴れて出ていってさ」
死んだんだよ行きがけの居酒屋で、最期まで酒に呑まれてーー三浦は立ち止まらなかった。
後方の気配が消えたのに気がつき、三浦は後ろを振り返った。
立ち止まっていた影が、車のライトに照らされた。
彼女のか細い声はクラクションに掻き消されてしまった。目を凝らし、それから三浦はすぐに、降りたばかりの階段を駆け上がった。
「泣くなよ」
榛名は泣いていた。
「ごめん、」
声を震わせ俯くその肩に、指が伸びる。だがその右手は暗闇を仰ぐ。堪らずその手で頭を掻いた。
「言うつもりなかったんだけどな」
「ごめんなさい、」
「そうじゃなくて。俺、幸せなんだよ、今は」
俯いた顔をいよいよ両手で覆ってしまう彼女に、三浦は静かに語りかけた。