ささくれとレモネード



それはなんだか呆気ないものだった。


可笑しそうに肩を揺らす榛名に、櫻子は微笑んだ。


「ご飯。出来たから運んで」



食卓につくと、今にも料理に手をつけそうな小春と、榛名が腰掛ける隣の席には父の芳雄がいた。


榛名と目が合うと、一言『大丈夫か』と呟いた。


「うん」


頷くと、芳雄は目尻を下げて笑った。皺が以前より深く刻まれたその笑顔は、泣きたいほどに優しかった。



皆が皆、何でもないように振る舞っている。けれども知っているのだ、何もかもを。



去年の今日までは、居心地が悪く感じていた同じ場所で、榛名は何かすっきりとした顔つきをしていた。



幼い頃のかけがえのない思い出があるように、トラウマも勿論あるのだ。それは誰だって同じことで。



心に宿った罪の意識を決して忘れようとしたわけじゃない、でも。



脆く今にも消え入りそうだった胸の灯火を大切に見守ってくれた家族のため、そして自分のため、向き合わなければならない過去がある。


少しずつでいい、少しずつ。



暖かな空気に包まれた食卓の中で、ひとり決心した榛名の口元は柔らかく弧を描いていた。



それはそれは、ほんの数時間前までとは別人のように。



最後に櫻子が席につき、皆は両手を合わせた。



無数に絡まった糸がひとつ、心の内で解けた、大切な夜だった。



「いただきます」



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