ささくれとレモネード
「そうだ。名前って言ったらさ、三浦くんの名前。まだ聞いてなかった」
そう言った榛名の右手からペンを取った三浦は、背中を丸くして、日誌の片隅にそれを走らせた。
違和感があるのは、彼が左利きだからと気づいた時、日誌の向きをくるっとひっくり返して差し出された。
『三浦瑛人』
書いたっきり何も言わずに、榛名の様子を伺っている。
自信のないその読み方を、榛名はそっと音にした。
「みうら、えいと、っていうのね?」
疑問形で呟いて顔を見ると、その眉がぴくりと動いた。
少し間が空いてから、彼は笑った。
笑った、というよりも口角を上げた、だけだった。
「やっぱり違う?名前の読み方」
「好きに呼んでよ」
肯定とも否定とも取れない、含みを持った答えを最後に三浦は席を立った。
腑に落ちない榛名は、昼休みにやってきた瞬に問うたが、余計なことを吹き込まれたのか、簡単にかわされた。
「好きに呼んであげなよ」
珍しくからかうようなその得意気な顔が、朝に見た人物とそっくりだった。
榛名はそれがたまらなく悔しかったので、しばらくは顔を合わせるたびに『えいとくん』と呼んだ。
ささやかな反抗だった。
けれどもその度に心底可笑しそうにしている二人の表情が堪らなく悔しかったので、程なくしてその呼び方は『三浦くん』に戻った。