ささくれとレモネード



三浦はそれから、頻繁に目の前に現れるようになった。


ある時は教科書を借りに、ある時は瞬とともに榛名のクラスへと訪れた。

食堂などで弁当を囲んでは、すっかり彩花とも顔馴染みになったほどだ。


体育の授業においても、彼の姿はしっかりと確認できた。


いつまで経っても見学扱いなのを、不思議そうに見つめる男女の視線など、三浦は諸ともしなかった。


少しも居心地の悪さなどなさそうな目をして、ストップウォッチを首から二つ下げてしっかりと立っている。




三浦の振る舞いはいつでも変わらない。


どこか飄々とした雰囲気を纏って静かに笑う。その笑みに気を許し、掴みかけた距離はいつの間にか離れてゆく。


そうしてまた、一定の距離を保った地点から不意にやってくるのだ。




「俺さ、今日跳ぶんだよ」


それは皐月もそぞろに去っていったある日のこと。ジャージ姿で賑わう玄関で、いつの間にか横に現れた三浦が言った。


「空を?」


「貴重な晴れ間だからね、気持ちは分からなくはないけれど」


榛名と彩花の応戦に、三浦はやれやれと頭を掻いた。


「まあ、見ててよ。もし上手くいったら頼みがあるんだ」


「頼み、ってわたしたちに?」


踵を鳴らしていた後ろ姿に問うと、彼は顔だけで振り返った。



しっかりと榛名だけを捉えると、いたずらっ子のように口角を上げたのだ。それはいつかの朝に見たものと同じで。


その唇は、確かに言ったのだ。


それはそれは唐突に。


「上手くいったら、その時は付き合ってよ」



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