ささくれとレモネード
何もすることがないと、嫌な夢がそうっと顔を出してくる。
気にすれば気にするほど、それは鮮明に思い出されるものだ。
(君さえ居なければ――)
“彼”の声がこだまする。
次々と頭を打ち付けるように響いたのは、榛名を責める怒号だった。
頭を振り払う。それでも止まない幻聴。
春になると訪れるのは、夢と現の境目が分からなくさせる悪夢。
「やめて、」
(君さえ居なければ――俺は)
「聞きたく、ない」
(俺は――)
耳を塞いだその瞬間、右膝がぐっと沈むような感覚がした。
榛名は、咄嗟に顔をあげた。
隣には、”彼”ではない、聡明な顔立ちの男が座っていた。
覗き込んでいるような体勢のその人と、榛名は不意に見つめあってしまう。
状況が飲み込めないまま目を見開いた榛名の顔に、彼の手が伸びた。
「泣いてる、」
頬を伝った滴が、伸びた人差し指で掬い上げられる。
瞬間、我に帰ると、悲鳴をあげてのけ反った。
その人も榛名の悲鳴に驚いて、うわっ、と声を出した。