ささくれとレモネード
いつだって冷静で、どこか掴めなくて、取り乱すことは無縁だと思っていた人物はあの時、震えていた。
『殴れよ』
守らなければ、そう反射的に伸ばした手は簡単に振り解かれてーー。
『そいつは関係ないです』
(分かってる、分かってたけど、)
三浦に拒絶された数分間が、これほど胸を締め付けるなんて、考えもしなかった。
あの日、榛名は帰路の終着点で立ち止まった。
自分の影が余計に情けなく見えたのだ。
すっかり気を落としたシルエット。
人は影だけでも表情が分かるのかーー。
苦笑しめ息を漏らせば、途端に込み上げてくる気持ちがあった。
榛名は、よく知った庭にぽたぽたと涙を落とした。
それからぐちゃぐちゃになった顔を勢い良く拭って、ひとつ深呼吸をした。
息を吸って、吐いて。
それから、手を掛けた我が家のドアノブを回した。
「ただいま」
*
あれから三浦の姿を見かけることはなく、一週間が経とうとしていた。
昼休みには購買を経由した瞬だけが教室にやってくる。
彩花が三浦の様子を尋ねると、瞬は一瞬顔を上げてから、再びパンを齧った。
「ここのところ、ずうっと機嫌悪い。人を寄せ付けない雰囲気がびしばし伝わってきてさ。まあ、少し放っておくのがいいと思うよ」
その口調は決して呆れたものではなかったけれど、扱いを知った友人とはいえ、瞬も困惑しているように見えた。