ささくれとレモネード
気迫に押された”彼”が室内に入ると、佐伯はその側を悠々とすり抜けた。
「言っておくけれど、この一時間だけは特別に外出扱いになってるのよ」
そう言って鍵を引っ掛けた人指し指をくるくると回す。
「くれぐれも話し合いは冷静に騒がずスマートにね」
「お、おい、ちょっと」
不適なウインクを残したまま戸が閉まる。
呼び止めた声は虚しく、どうやら外側から鍵を掛けていったようだ。
足音が遠ざかっていくと、やってきたのは重苦しい沈黙。
その人は所在なさげにうろうろと歩くと、やがて諦めたように立ち止まった。
「具合でも、悪いのか、」
一週間ぶりに会った三浦の第一声はそれだった。
分かっているくせにーー恨み節は出された茶で流し込んだ。
暫く目にしなかった生身の彼が、自分に話しかけている。
望んでいた現実が突き刺さって、堪らず目の奥がつんときてしまいそうだった。
そんなように黙りこくった背中の側で、三浦はいよいよ溜息をついた。
それからベッドに身を投げる。
軋むスプリングの音が収まると、にわかに澱んだ空気が二人を包んだ。
自分の呼吸の音すら聞こえてきそうな中で、榛名は湯呑みをそっとテーブルの上へ戻した、その瞬間。
「きたむら」
弱々しい響きに振り返ると、三浦の姿勢が丸くなっていた。
真ん中のベッドの縁に腰掛けて、名前を呼んだきり何も言わない。
まるで叱られた子どものように項垂れていた。