ささくれとレモネード
とにかく物心がついた頃からそうだった。
母の口座から勝手に現金を下ろしては、それを溝に捨てるような使い方をする。
それでも母は黙って耐え続けた。
俺の代わりに痣を作っては大丈夫だと痛々しく笑って見せる。
母が離婚を決意したきっかけは、笑里だった。
まだ物心がつかない幼児に、父は手をあげようとした。
それが、笑里だった。
すんでのところで庇った俺でさえまだ幼く、こめかみから流血した。
遠のく意識の中で俺は泣き喚く笑里の手を握っていた。
目蓋が落ちてゆく寸前、立ち尽くす父の顔が、青ざめていたのを初めて見て、俺は微かに笑った気がする。
母が離婚届を出した日、我が家の中は散々なものだった。
白い食器の破片が散らばり、崩れ落ちたテレビの液晶が割れ、引出しの中から出された絵が滅茶苦茶に割かれていた。
母が大切にしていた絵だった。
笑里が描いた絵だった。
輪郭も不明瞭だが、そこには確かに三人が居たのだ。
母と、笑里と、そして俺が。