*Promise*~約束~【完】


「お腹いっぱーい」

「予想よりも食べないわねあんた」

「さ、さっきピザ食べたし」

「なんで言い訳するのよ」



自分の部屋にエリーゼと着いて昼食を食べ終えたリオは、お腹をさすりながら椅子に背を預けた。

今まではエリーゼと一緒に食べることはなかったが、切り分けられたピザを競争するように食べた。

その結果、リオは見事に負けてしまった。



「一枚差だけど、私はさっき食べたから引き分けね!」

「はいはい、負けず嫌いね」

「そう言うわけじゃないけど」

「お酒で勝負したって負けないわよ」

「あんまりお酒って飲んだことないな」

「じゃあ今夜にでも付き合うわよ」



十七歳を迎えたリオにとって、酒はまだまだ未知数。美味しいのか不味いのか、強いのか弱いのかそこまで味わったことはない。

村にいたときは、父親が祝いだとワインを一杯だけくれたことがある。十七歳になったときの儀式みたいなものだ。

そのときは一口だけ飲んで止めた。思ったよりも度数の強いお酒で、本能的に飲めなくなってしまった。

恐らく、祝いだと言い高い酒を飲ませたのだろう。それがリオにとっては強すぎる度数で作られていたのだ。

彼女は、父親の気持ちだけ受け取った。



「お父さん……」

「ん?何か言った?」

「なんでもなーい。ねぇ、なんか楽しいことない?」

「ないわ」

「素っ気ないね」

「よく言われるわ」



ぐだぐだとエリーゼと話をしていると、いつの間にかおやつ時になっていた。

リオはその途端に目を輝かせる。



「今日のおやつは?」

「レモンタルト」

「わっ!美味しそうだね」

「基本、焼き菓子しか出されないから飽きてくるわよ」



エリーゼはお皿にレモンタルトを盛り付けると、手慣れた手つきでカップに紅茶を注いだ。

レモンタルトの表面に塗られた水飴が、天井にぶら下がった明かりに反射してキラキラと瞬いている。

その横にコトリと白いティーカップが置かれた。



「どうぞ召し上がれ食いしん坊」

「食い……いただきます」

「食い意地には勝てなかったか」



エリーゼが肩を竦める頃には、リオはタルトにフォークを当てているところだった。口に頬張ればたちまちレモンの酸味と水飴の甘さがとろけ合う。

そのうま味を生地が吸って程よくマッチさせていた。思わず唸る。



「うぬぬ。お主やるな」

「誰に向かって言ってんだか」

「エリーゼも食べてみなよ」

「だから、私は飽きてるのよ」



と、彼女は面倒くさそうにぼやいたがタルトをパクパクと休まずに食べ始めた。

リオはそれを呆然として眺める。

そして、リオの紅茶が冷める前に自分の分は片付けてしまった。



「おかわりは?」

「そっくりそのままお返しします」

「だから、私は飽きてるのよ」



リオは真顔でそう繰り返すエリーゼに笑いたくなったが、怒られそうだと思い止めた。

真剣にそう返されても返事に困る。

リオは紅茶を飲みながら、焼き菓子以外のものを作っても彼女は同じ反応になるのだろうか、と思った。

つまり、美味しい?と聞けば、美味しいけど間をあけてちょうだいね、飽きるから、と真顔で返されるということだ。


ーーーーー
ーーー



「エリーゼってザル?」

「サルじゃないわよ」

「あっ……ザルじゃないみたいだね」



彼女たちは夜を迎え、夕食の後にワインを飲むことになった。しかし、エリーゼの飲むスピードに開いた口が塞がらない。

リオの二倍のスピードで飲み干し、また注いでは飲み干す。自分のためにフルーティーなワインが用意されたのだが、こうも他人にがぶ飲みされては飲む気も失せる。

彼女は一杯飲んで止めてしまった。



「遠慮はいらないわよ?」

「遠慮しないのはあなたの方だと思う」

「何か言ったー?」

「なんでもありませんー」

「その言い方ムカつくんだけど」



だったら早くここから出ればいいのに、とリオは心の中で呟いた。

エリーゼは午後はほとんどここに入り浸ったのだ。そのためリオは部屋の外に出る必要はなくなったが、同じ人と長時間一緒に居るのも限界がある。

いい加減出て行ってほしいと彼女は切に思った。



「何その顔。文句でもあるわけ?」

「ライナットも同じメニューなの?」

「は?」

「同じなら、お菓子作ったらライナットも食べるってことだよね」

「あんたバカ?」

「へ?」



今までの表情から一変して、またリオを観察するようなよそよそしい表情になったエリーゼ。

その視線に彼女は困惑した。まるで、会った当初に戻ったみたいだ。


エリーゼはグラスをテーブルに置くと、それを爪でツンツンとつつきながらその中に入っている赤い液体を見つめる。



「あんたが作ったものに毒が入ってたらどうするの?責任取れる?」

「毒?責任?」

「だからお子ちゃまは……いい?あんたはまだ信用されてない」



グラス越しにエリーゼの鋭い視線が突き刺さる。



「あんたは、まだ私たちにとっては敵なの、赤の他人なの。早く認められるように努力することね」

「ど、どうすればいいの?」

「それは……」



リオが唾を飲み込んでエリーゼの探るような視線に堪えていると、エリーゼはツンツンとつついていた指先をリオのこめかみに当てた。

そしてさっきと同じようにつつく。



「自分で考えなさい」

「痛っ!」

「痛くて当たり前。じゃあね」



エリーゼは彼女にでこぴんを一発かますと、笑いながら手を振って去って行った。

リオはおでこを擦りながら涙目で一人呟く。



「なんでメイドなのに爪が長いのさー」



彼女との信頼関係はまだまだのようだ。



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