*Promise*~約束~【完】
決意
「ん……」
目の前が明るいような気がして目を覚ました。うっすらと目を開ければ、カーテンから差し込んだ朝日が眩しかったのだとわかる。
いつの間にか、朝になっていた。
リオは身体を起こし伸びをすると、数回瞬きをした。まだ視界がぼやけている。
しかし、だんだんと視界が明るみになるにつれ、見知らぬ部屋であることがわかった。自分の部屋によく似ているが、ベッドもクローゼットも違うものだった。
ここはどこだ?
「ほえ~っ……」
なんとも間抜けな欠伸が出てしまい口を慌てて押さえる。あまり頭がはっきりとしない。
なんとなく右手を見ると、シルバーのリングがキラリと光った。そして、その近くにある誰かの指の跡。
それを見た瞬間、昨日の記憶がフラッシュバックした。最後に思い出したのは、三日月型の赤い唇。
声にならない叫びが喉から飛び出した。
「……うるさい」
頭を抱えているリオの頭をさらに抱えたのは、ずっと隣にいたライナット。実は同じベッドにいたのだ。それに気づかないほどにリオは感覚が鈍っている。
というより、情緒不安定だ。だからライナットは放っておけなかった。昨夜は何も手出ししていないが、こうやって抱き締めて安心させてあげたかった。
「ライナット……?」
「落ち着け。ここはおまえの部屋だぞ」
「違う!見たことない!」
「それはエリーゼが模様替えをしたからだ。まったく、タイミングの悪い」
「エリーゼ……」
フラッシュバックを遮ったのは、仲の良いメイド。彼女が部屋の中を歩き回り構成を考えていたのを思い出す。
そうやって、必死にフラッシュバックを消そうとしていた。
そんなリオに見かねたライナットは、挙動不審な彼女の目を覗き込む。
「おい、今は何も言わなくていい。だが、怖かったか?」
「ううう……」
「ちゃんと言え。言葉にしろと言ったのはおまえだ」
「こ、怖かったぁぁぁぁ……」
リオはそう言うと涙を流し始めた。止めどなく流れる雫石が顎を伝ってポタポタとシーツに染みを作る。
どうせなら、とライナットはもっとその頭を引き寄せた。染みはシーツにではなく、彼の服に模様を描く。
「落ち着いたら何があったか全て話せ。大方はルゥから聞いている」
ライナットはそう言うと、リオの手を握り締めた。僅かに残っている指の痣が忌々しい。
リリスは、やはり危険だ。なぜあんなやつが正室になってしまったのか。陛下の顔も最近見ない。ガナラの一件から情報が著しく少なくなったのも気になる。
何かが、おかしい。
「リオ、安心しろ。おまえは俺が護ってやる。泣かせるやつには容赦しない」
リリスなど、はなから敵だ。徐々に炙り出して悪事を暴いてみせる。それには色々と嗅ぎ回る必要がある。
ルゥだけでは危険すぎるし、助っ人を集めるしかないかもしれない。
「バドランに何が起こっているのか、つきとめなればならない」
もう、北の塔に籠っていてはダメだ。この目で直に真実を暴かなければ気がすまないし、ここからはおとなしくしていては何も得られない。
リリスを、倒す。
「ルゥ、手配をしろ」
「あちゃー、気づかれてたか」
「当たり前だ。俺を誰だと思っている」
「王子様でしょ?」
「ほざけ。仲間を集めろ」
へいへい、と天井裏から頭を出していたルゥはどこかへと去って行った。
リオはすでに泣き疲れたのか眠ってしまっていた。こんなにボロボロになった彼女は似合わない。
涙の跡を唇で掬ってから、赤くなった瞼に口づけを落とした。
彼は、非常に情に厚い男だ。
「敵はもしかしたら、リリスだけではないかもしれない」
バドランの表面を一枚捲っても無意味だろう。いっきに丸裸にする程の勢いが必要だ。
それには、新鋭なる仲間を召集しなければ……来るときに備えて。
(懐かしい面々に会えるのか)
ライナットは口元を緩めると、覚悟を決めた。
母国を敵に回すことになるかもしれないが、そんなのはどうでもいい。
二人で静かに暮らせる場所を作りたい。
それが、男の仕事だ。