*Promise*~約束~【完】
出逢い
「はあ……やっぱり採りに行かないとダメね。手遅れになる前に与えないと」
可憐な少女がひとり、外に放されている牛を目にしてぽつりと呟いた。
彼女が見ている茶色い牛は、見るからにイライラを募らせているように見える。先ほどから地面を蹄でガリガリと掻いているのだ。
その原因はひとつ。乳の出が悪いこと。
乳房が張ってストレスを溜めてしまっているのだ。乳が出なければ溜まっていく一方で、健康的にも精神的にも良くない。
「お父さんに一言言ってから山に行こう」
この農場はさほど大きくないが、品質が高いため評判がいい。そのおかげで彼女とその父親は不自由なく暮らしている。
しかし、やはり労働力にも限界があるため、幼馴染みである青年にバイトを頼んだ。
その彼は今、空っぽの牛舎を掃除しているだろう。
(十七歳になったばかりだし、一人で山に行くお許しが出るはず)
十七歳は成人の証であり、立派な大人の仲間である口実として使える。
もし、山に行くお許しが出なかったとしたら、私はもう十七なんだけど!と少し強めに出ればお父さんも文句は言えないはず。
と彼女は考え、鶏小屋で卵を調達している父親のもとへと向かった。
「ダメだ。あの山は国境に近いんだ。それはわかっているだろう」
「お願い!牛にもこの状況は悪いじゃないの。それに私はもう十七だよ?」
「ディンに行かせれば済む話だ」
「ディンにばっかり頼るのも良くないよ」
「あいつは男だ。おまえとは根本的に違う」
「~~!もう、知らないっ!」
この頑固お父さん!と最後に心の中で吐き捨てて、彼女は鶏小屋から飛び出した。常識が通用しないなんて考えが古すぎ!
全然耳を貸そうとしない父親にカンカンに怒る彼女。眉間にしわを寄せて足音を荒くし、今度は幼馴染みであるディンのもとへと急ぐ。
(ディンがお父さんに言えばきっと行かせてくれる)
彼女はそう確信して、牛舎の中に足を踏み入れた。その途端にむあっと鼻をつく生臭い匂い。
思わず鼻を摘まんだ。
「お、リオ。どうした?」
「……なひ、このにほい」
「いや~アレだよアレ。若いやつが下痢してたんだ」
「なるほろ……」
口と鼻を頭巾で覆ったディンは、目尻を下げて苦笑したようだった。ディンは水をぶちまけてはブラシで擦っている。
下痢をするということは、何か原因があるはずなのだが、そこまで知識が豊富ではないためとにかく綺麗にするしかない。
バイトである彼に汚れ仕事をさせてしまうのはなんとも申し訳ない。
「ホント、いつもありがと」
「こんなのお安いご用さ。俺がやりたいからやってるだけだし……で、何か用があったんじゃないの?」
「……別に。見に来ただけ」
「そう?ならこれ以上ここにいたら匂いつくから、出て行った方がいい」
「うん。終わったらシャワー使っていいからね」
「おう」
あえて手伝う、とは言わずに素直に出た彼女……リオは、牛舎から出た後思いっきり深呼吸をした。呼吸を浅くしていることがバレていたらしく、ディンはリオに出て行くように言ったのだ。
肺いっぱいに空気を取り込んで、息苦しさを回復させる。
しかし、彼女の表情は浮かない。
「仕方ない……よね。お昼までには間に合うはず」
と、ぶつぶつと何度も呟いてはその度に頷き、どんどんと歩いて行く。
向かった先は、目の前にそびえ立つ大きな山。
その麓の森に、牛の乳の出を良くする薬草があるのだ。