*Promise*~約束~【完】
リオがマフラーを渡した次の日、ルゥはガイルと歩いているライナットを隠れながら尾行していた。
正確には、真上から追ったのだが。
(あー、声小さいっつーの)
二人が並んで歩いているのをたまたま見かけたルゥは、もしやと思い後を追っているのだ。
それは、新メンバーの顔をもしかしたら拝めるかもしれない、という淡い期待からだった。ライナットにああ言われてしまったが、気になって気になって仕方なかったのだ。だから二人が並んでいるところを発見したら、身体が勝手に動いていた。幸い向こうには気づかれている様子はない。
ルゥは、潜入のエキスパートなのだ。気配を消すことぐらいは朝飯前、というやつだ。
(エリーゼは先読みのエキスパートだし、ダースは護りのエキスパート、ガイルは情報のエキスパートで、俺は潜入のエキスパート……)
こうも名だたる面子を集められるライナットの人望が羨ましくもあり、恐ろしくもあった。しかも誰も彼も元は罪人。
他にも仲間はたくさんいるが、この四人が主要だろう。中でも、ガイルはライナットに入れ込んでいる。
ガイルはライナットよりも年上で、ルゥにとっては兄のような存在だ。いつも礼儀正しくライナットに対しても敬語を崩さないし、やることなすこと全て完璧。
さらに、命令は絶対で任務を確実に遂行させる。ヘマをしないし、補佐もさりげなくしてくれる。しかし、いつも眼鏡をかけていてその素顔を見たことがない。
(別に目が悪いわけじゃないんだろーけどな)
なぜだて眼鏡をするのかは不明だが、確かに眼鏡をかけていれば顔を覚えられてしまうことも少なくはなる。ライナットにも以前聞いたことがあるが、彼もその素顔を知らないらしい。
謎が多い男だが、頼れる存在だ。
(おいおい!嘘でしょ!)
隙間からかろうじて見えていた二人は歩いていると、いきなり別れてしまった。しかし、雰囲気からしてライナットはどこかに寄りに行ったという感じだ。
ガイルはそこに立ち止まって、腕を組んで壁に背を預けながら窓の外を眺めている。
そんな穏やかな空気とは裏腹に、ルゥの心臓は破裂しそうなほどに忙しかった。
(やーばーいー!バレるって!)
ガイルの第六感は凄まじいほどに敏感だ。ここから急いで逃げたとしても瞬時にバレてしまうだろう。
だらだらと背中に嫌な汗をかきながらルゥは息を潜めた。少しでも動けば勘づかれてしまう危険性があり、この心臓の音が聞こえてはいやしないかと不安になった。
ろくに酸素も吸えないまま微動だにしないでいること数分、ライナットがようやく戻って来てルゥは息を吐き出した。
バレていないことを祈りながら、気を取り直して尾行を続ける。どうやらライナットは変装をしてきたらしく、庶民的な格好をして出てきた。その首には黒いマフラーを巻いている。
(いやー、お熱いこと)
そのマフラーの正体を知っているルゥは心の中で冷やかした。最近寒さも目立つよつになって、ライナットが出歩く回数は減っていたのだが今年は逆に増えそうだ。お気に入りのマフラーがあれば例え氷点下になったとしても喜んで外出するだろう。
(リオもよくやるねえ。敵(かたき)でもあるのに)
故郷を全焼させた男に惚れるとはなかなかないことなのに、リオは何事もないように日々を過ごしている。ライナットの人柄に触れたから、という理由もあるだろうが、それ以上に何かがあるのだろうかとずっと気になっていた。
以前も会ったことがある、とは聞いているが、それだけで心を許すとは思えない。
(それも知りたいけど、今はこっちが優先)
ルゥは邪念を振り払うと、目の前の人物たちの背中を凝視した。
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北の塔から出て、城下町を歩く。少しだけ白く色づいた息が通りを覆っていた。幸い真っ昼間なため人が多く、見失うようなことがなければ気づかれないだろう。
食べ物の匂いや人の声で活気づいている街は、どこか味気なさを感じる。
子供の頃は光の当たるような場所を歩くようなことはなかった。常に闇、裏の世界。
外に出るのはいつも夜。しかも皆が寝静まった頃に、夜な夜な足音も立てずにひたすら忍び込んだ。ジュエリーや銀食器、食料さえも……
お金を盗まないのはなぜか、と聞かれれば簡単だ。お金の価値はいつも変わらないからだ。
物は時価やそのときの流行で値段が変わる。それに乗っとれば現金よりも儲けられるというわけだ。ルゥはそれを子供ながらに知っていて、小さい身体を活かして大きな獲物を狙っていた。
しかしある日、あろうことかその家の番犬に捕まり兵士にも見つかった。兵士たちの会話を聞く限り、ルゥはここら辺では有名になっていたらしく、待ち伏せようとその家に目をつけていたらしい。
まんまと罠に嵌まったルゥは牢屋に容れられた。鉄格子の中の小さな空間。食事も不味く、とても口には合わなかったが空腹に堪えられず無心で食べた。
そう、頭を空っぽにして。
頭の中を白くさせた。考えたら終わりだ。理由は決まっている。
ここに十年間もいなければならないのだ。考えていたらきっとおかしくなるに決まっている。しかし、ルゥは待ちきれなくなり天井裏まで登った。
なんだ楽勝じゃん、と呆気に取られたがそのまま天井裏を這うとチクチクと身体のあちこちが痛みだした。手のひらにもチクンと鋭いものがかすみよくよく確認すれば、そこは針が無数に突き出ている通路だった。
ルゥは慌てて牢屋に戻り、腕や足の傷を順々に見た。どれも傷は浅いがその数はご想像にお任せしよう。
笑う監視に絶望と憤怒と諦めを感じた彼は心を閉ざし、痛みも感じないくらいに感情を消した。考えたら、負けなのだ。
そこに、優しさの籠った手を差し出された。それは闇から出られる光の手。この地獄から這い出るために投げ掛けられたチャンスを掴んでみないか、と。
ルゥはその手を取った。そして晴れてライナットの部下になり光を知った。優しさや温かさを知った。幸福を、手に入れた。
しかし彼は今、愕然としている。
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二人を尾行していたルゥは、ある建物の中に入った。そこはライナットの部下が経営する民宿で、駆り出されている部下たちの泊まり場となっているところだ。ここを拠点に地方へと赴くことになっている。
そこに入って行ったのを見て、灯台もと暗しだ、とルゥは舌を巻いた。確かにここなら外部の人からも目立たないし、部屋も個室だから隠すには絶好の場所だ。
ルゥは空き部屋の鍵の開いている窓から忍び込むと、ライナットたちの足音を聞いた。ここは北の塔とは違って屋根裏がないため、耳を床に付けてどの部屋に向かったかを探った。
(ちょうど真下だ)
運の良いことに、足音が入って行ったのは侵入した部屋のちょうど下。わりと古い建物なため床のどこかに隙間はないかと探すと、ほんのわずかに床の木材の間に隙間があるのを見つけた。
(めっちゃラッキーじゃん)
ルゥがワクワクとしながら覗き込むと、すぐに顔を離してしまった。その目は驚愕で大きく見開かれている。そして、二度見をしてまた顔を上げた。
(マジで?……あり得るのこんなの)
ルゥが二度見をしてしまった先には、テーブルを挟んでライナットと対峙している男の顔があった。真上からだが、長年見ているからわかってしまったのだ。
(同じ顔?!)
ルゥは生唾をごくりと飲み込むと、慎重に下を覗いた。