*Promise*~約束~【完】


「酷くない?!気づいてて無視してたの?俺の面目丸潰れじゃんか!のこのこついてきてバカみたいなんだけど!」

「まあ待て。ディンに気づかれていなかったんだから丸潰れとまではいかないさ」

「気づかれてたら意味ないのー!」



ルゥが吠えるとライナットは面白そうに笑った。ガイルはやれやれ、とルゥの肩に手を置いてライナットに迫っている彼を引き離した。

ルゥはまだぶつくさと言っているがそれを気にせずライナットは言い渡す。



「リオの様子をこいつに教えてやれ。俺の送迎を終えたらガイルを戻す。それから二人でディンに色々と教えろ」

「はい。では行きましょうか坊っちゃん」

「……」

「"坊っちゃん"……くくくっ」

「……ルゥは死にたいのか」

「それはガイルの方でしょ」

「僕?それはないから安心だよ。現に殺されていないし」

「わー依怙贔屓だ最低王子~」

「……黙れ」



ライナットは居たたまれなくなったのか、一言吐き捨てるとさっさとその場から立ち去ってしまった。ルゥの頭にこつんと軽く拳をぶつけると、ガイルも後を追っていなくなった。

頭を軽く撫でながら開けっ放しのドアを閉めると、呆然としているディンに向かってルゥはしたり顔をした。しかしすぐに表情を引き締めると、さっきまでライナットが座っていた椅子に座った。ディンと改めて向き合って、その似ている様に感心したように声を漏らした。



「ここまで似てる人見たことないよ。ドッペルゲンガー?」

「……そうしたら俺もあいつもとっくに死んでる」

「だよね。ね、リオが好きだった?」

「な、なんだよいきなり」

「動揺するとは怪しいな~?」



ルゥがふふん、と茶化すとディンはふいっと顔を背けた。それに笑うと、ルゥは冗談冗談、と手をひらひらと振って自分の方を向いてくれるように注意を引いた。



「せっかく同い年ぐらいなんだから仲良くしようよ。でもまだ未成年なの君は?」

「……いや、十八歳だ」

「あれ?なのに未成年の牢屋に入ってたの?」

「勝手に容れられただけだろ。俺は気がついたら鉄格子の中に倒れていたんだからな」



ディンは悪かったな、とふて腐れた。確かにこの年ぐらいの男子の年を当てるのは難しい。彼は落ち着いた雰囲気で大人しく見えるが、顔が丸いためか若干幼く見える。

それを気にしているのか、ディンは不機嫌なオーラを醸し出した。失敗したな、とルゥは反省し話題を変える。リオをどう思っているのかはその内わかるだろう。



「ライナット様のマフラー気にならなかった?」

「別に。大層な身分のやつが顔を隠すにはちょうど良いんじゃないか?」

「あれね、リオからのプレゼント。もらってから上機嫌でさ、俺も尾行したのにお咎めなしだったからラッキーだよ」

「……へえ」



ディンは面倒くさそうに答えると、頬杖を付いてルゥを見上げた。その瞳は眠りにつきたい、と訴えているように見えてルゥは苦笑した。それなら寝かせてあげて、ガイルが戻って来たらまた起こせばいい。

しかし、ルゥははっきりと見た。リオがプレゼントしたと言ったときに、僅かに彼が目を泳がせたこと。きっと、予想外の情報で驚いたのだろう。

それはそうだ。敵にプレゼントをあげるなんて普通は考えられない。憎むべき相手を好きになるのもおかしな話だ。彼はその現実を受け入れられていないのだろう。実際は嘘ではない……はずだ。本人の意思は本人にしかわからないから、リオが本当にライナットが好きなのかどうかは誰にもわからない。

そのため、誰も彼女の胸のうちを聞けないでいた。



「寝れば?無理して聞いてもらう道理もないしさ。疲れてるんでしょ?」

「ああ……助かるよ」



ディンは返事をすると、ルゥに見られていることも気にせず机に突っ伏してしまった。無防備に寝息まで立てる。

その頭を見つめながら、ルゥはそういうことか、と人知れず呟いた。



「リオがなんであんなにライナット様に心を開いているのか」



それは、目の前にいる彼に原因があるのだろう。


ーーーーー
ーーー



「おかえりガイル。でももっと遅くても良かったのに」

「みたいだな。寝かせてあげよう」



ガイルがドアを開ければ、椅子に座っているルゥが振り向いて手を振ってきた。そしてその奥に焦点を合わせれば、等間隔の間で肩を上下させている彼が目に映る。

静かに後ろのドアを閉めると、足音を忍ばせて歩き窓の外を眺めた。

息は窓に白い曇りをつくり、外気の冷たさを物語った。空も厚い雲に覆われ始め、雪が降りそうな気配が漂っている。心なしか眼下にいる通行人は足を早めているようだった。寒くなると、人はなぜか足早になる傾向がある。

それはガイルも例外ではなく、思っていたよりもここに早く着いてしまったのだ。



「雪、降りそうだね」

「まあな。もう冬も深くなってきているし、そろそろ雪かきに精を出すようになるんじゃないか」

「北の塔は日当たり悪いし余計にね。それにほっとくとツララになって危ないんだもん。でも冬って嫌だなあ。服装が厚くなって身軽になれないし」

「僕は断然冬の方がいいね。色々と懐に忍ばせやすい」

「うわっ。それ怖っ」



今にもコレクションを広げようとするガイルを慌てて止める。どれも王家の紋様が入っている物であってほしいが、きっとそうでないものもある。それを知ってて黙っていたらライナットに何を言われるかわからない。

しかし、彼ならすでに知っていそうだが。



「あ、ねえガイル。どうしてディンの存在を知ってたの?場所までわかってるなんてさ」

「僕の情報網を侮ってもらっては困るよ。監獄に働いているやつらとは常にやり取りをしていてね。そこからの情報さ」

「でもヤバくない?上手く誤魔化せんの?だってさ、きっとライナット様に似てるから捕らえられたわけでしょうよ。それを連れ出したら……」

「根回しはできたから平気だ」



ガイルがいつからライナットに従っているのかは不明だが、ガイルのその根回しのおかげでエリーゼたちのような未成年の囚人をライナットは引き入れられている。そもそも、そこら辺の管理はあまりきちんとしているようではないらしく、特に未成年はいちいち記録を付けているのかも怪しい。

子供の場合は檻の中で死んでいることも少なくなく、それを知られては管理の怠りだ、と面倒事になるのは目に見えている。それを避けるために未成年者の管理は甘めなところがあり、そこに漬け込んだおかげでライナットが侵入できたのだ。

例えば、ルゥの場合はあの馬鹿にして笑っていた見張りはここにはいない。それはガイルの仕事で、後処理というやつだ。ダースが気絶させた見張りを国外に運び出し、次に見張りが気がついたときにはそこは知らないところだった……となる。しかし見張りが全て悪いわけではないから、お金はきちんと置いてあげるのだ。


かなり強引な感じではあるが、そういうことをする人がいなければ、ルゥがライナットに会うことはなかった。自由を手にすることもなかった。

ガイルが誰を連れ出すかを選んでいる部分はあるが、そこは目を瞑っていただきたい。運があるかないか、ということにしておこう。



「ガイルって何歳?」

「教えない。知らなくていいよ」

「あのさ~、女の人じゃないんだからね?」

「僕の年はどうでもいい。今は彼に何を教えてあげるのかを考えるのが先決だと思うけどね。リオについては何か言ってあげたか?」

「マフラーをプレゼントしたってことだけ。それ聞いて動揺した後寝ちゃった」

「整理したかったんじゃないのか?色々と思うところがあるんだろうし、受け止める体力も気力も枯れ果てていたんだから好きにさせた方が彼のためだね」

「現実逃避じゃなきゃいいんだけどね」



現実から目を背けたって、何も得るものはない。むしろ、何かを失ってしまうことになるかもしれない。逃げたせいで手遅れになる可能性は十分にあるため、人間は常に時間の流れを目を凝らして眺めるのだ。時間の流れは濁流で見えづらく、急流でとても目で追えない。



「ライナット様から伝言があるのに話せないな。それさえ伝えれば僕の任務は完了してフリーになれるのに」

「じゃあ言っておこうか?どんなの?」

「助かるよ。内容はこうだ。『承諾するなら、明日の昼頃窓の下を見ろ。一番見たいものを見せてやる』だって。確か、明日は出かける予定になっていたか」

「ははーん。それってつまり、あれですな」

「あまり言っていると足元すくわれるぞ。ほどほどにしておけば」

「おデートってやつですな。ククククク」



それでもそこにある何かを求めて、見続けるのだ。徒労に終わったとしても明日がある、明後日がある、と人間はその短い人生ながらにのんびりと過ごす。


だから、彼は少しのんびりし過ぎたのかもしれない。


事態は刻一刻と変化している。




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