*Promise*~約束~【完】



「なんか、暗いな……」



森の中にいざ入ってみると意外と影が多く、少し薄暗い。木の窪みが人の顔のように見えてゾッとするほどだ。

ピピピピ……とどこかで鳥が鳴いているのを聞きながら、リオは川を目指していた。水の近くにお目当ての薬草が生えているのを知っていたからだ。



(実際に見たこともあるから、採ったら早く立ち去ろう)



お昼になれば食卓を囲むことになって、そのときまでに間に合わなければ山に言ったことがバレてしまう。ディンが採ったことにし、父親の前ではなに食わぬ顔をしていれば問題はないだろう。

ただ、服を汚さないようにしなければならない。頑固な父親は洞察力が並大抵ではなく、堂々としていなければ太刀打ちできない。服を汚したとなればたちまちその眼力に負けてしまうだろう。


サワサワと水の音を耳で捉え、その方向に足を進めた。そのうちに音は近くなり、ついには川へと出ることができた。

しかし、きょろきょろと見渡すも薬草が見当たらない。



「もっと上流の方なのかな」



リオは水がもっと綺麗であろう上流を目指すことにした。下流へ行ってもどうせは村に着いてしまう。

が、歩けど歩けど石ばかり。だんだんと石は岩へと移り変わり、その大きさもリオの足では危なっかしくなってきた。足を滑らせまいと用心するも、心臓は破裂する寸前だ。



(だから、服を汚せないのに!)



と彼女は自分を叱りつけ、川を遡上する。

そして、滝壺までやって来てしまった。


ザーザーと流れ落ちる小さな滝を口をぽかんと開けて見上げていると、彼女はしっかりと薬草を目で捉えることができた。

その薬草があるのは滝の頂上の少し下辺りの岩壁で、手を伸ばせばギリギリ届くか届かないかのところ。


幸い滝は小さく、迂回すれば頂上にたどり着くことができた。滝はさらに上まで続いていたが、今の彼女にとっては気にすることでもない。

早速、頂上に這いつくばって片腕を目一杯伸ばした。ぐぐぐ……と伸ばすもあと少しのところで届かない。



「えいっ!やあっ!」



腕を振ってみても指先を掠めるだけで、掴むには遠すぎる。

彼女は夢中になって採ろうとし、ぐっと頂上から身を乗り出した。


そのとき、彼女はようやく薬草を手にすることができた。彼女はほっとし、肩の力を抜いた。


────彼女の足が、浮き始めた。


声を上げる間もなく、爪先が、腿が、腰が、胸が……地面から浮いていく。

そして、迫り来る水へと落ちる恐怖。


彼女がどうすることもできずに、薬草を握ったまま頭から落下していくそのとき、薬草を握っていない方の腕を誰かに掴まれ、そして大きな力で引き上げられた。背中を掴まれぐいっと今度は身体が持ち上げられる。

そして、地面にどうと誰かと一緒に倒れ込んだ。


頭の上から僅かにうっ、と声が漏れる。



「ご、ごめんなさい!」



リオは慌てて身体を退け詫びた。



「まったくだ……」



男性の声がしたなとリオが下げた頭を上げれば、自分と同じくらいの歳の見知らぬ青年が服の汚れを叩いているところだった。背は彼女よりも頭一個分違うだろう。

頭の天辺しか見えず、リオがあの……と声をかければ青年はそれを合図に頭を上げた。



「えっ……ディン?」

「あ?誰だそれ」

「え?」



リオが目にしたのは、紛れもなくディン……に似た青年だった。でも確かに目の色が少し違うように見える。

ディンは緑色だが、青年は青緑色の綺麗な瞳だった。黒髪である髪型も似ているが、髪質は幾分青年の方がクセがあり、ところどころ跳ねている。


リオはその違いに気づき慌てた。



「す、すみません……人違いでした」

「ふん。まずは言うことがあるだろう」

「あ……ありがとうございました!」

「謝る前に礼を言うようにするんだな」

「すみません……」



また謝ってしまい、リオはしまったと口に手を当てた。その様子に青年は背を向けるとスタスタと歩き始めてしまった。

彼女は慌てて呼び止める。



「待ってください!」

「……なんだ」

「えっと……そう、名前。名前は何と仰るのですか?」

「……」



見ず知らずの青年は振り返らずに不機嫌な様子で立ち止まった。その証拠に持っていた弓を地面に突き立てる。

どうやら彼は狩りの途中だったらしく、よくよく見れば背中には筒に入った矢を背負い、靴は草や土で汚れていた。

そして何より、ディンと背丈が似ているためリオは軽い錯覚を覚える。



(怒らせてしまった?)



助けてもらったのに人違いをし、さらには名前まで聞こうとしている。

リオは改めて無礼極まりないな、と後悔した。

無言を貫いて立ち止まっている彼に別れを告げるため、声をかけようとしたとき、彼が先に口を開いた。



「……ライナット」

「え?」

「俺はライナットだ。おまえは?」

「リ、リオです!本当はリオーネですけど」

「リオか……じゃあな。今後は気を付けろ」

「本当にありがとうございました!」



彼女がまた頭を下げて、上げたときには彼の背中は小さくなっていた。

リオはそれを眺めながらぼーっと立ち尽くしていたが、手に握り締められ潰れた薬草の存在を思い出し、服をその場で翻した。



(服が……汚れちゃった!)



地面に倒れ込んだときに汚したのか、腰や肩に土がこびりついていた。これは洗わなければ落ちないだろう。

それに、時間が気になる。ここまで登るのにだいぶ時間がかかってしまっているのは、体力の消耗加減で明白だった。



「急がなきゃ!」



リオはライナットとの再開を心のどこかで祈りながら、もと来た道を駆け降りて行った。



この出逢いが、この先の彼女の運命を左右する出来事であったとは知らずに────



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