*Promise*~約束~【完】


ライナットはそれから、と付け足した。



「部下をさらに集めろ。今度は俺から直接命令を下す」

「誰にする?」

「セナ、ツェル、グロースを呼べ」

「……その面子だと、隠密部隊ってこと?」

「ああ」



セナ、ツェル、グロースは三人組でいつも活動し、その連携プレーは圧巻だ。

しかも、皆強く身軽で判断力も早く並外れた暗部と言えるが、三人とも女性なため扱いが難しい。そのため、ライナットが直に言わなければ機嫌が悪くなる。


つまり、ライナットにゾッコンだということだ。



「あの三人俺苦手だな」

「仕方ないが、腕は確かだからな。それに、ディンも敵になった」

「……は?」

「リオはセイレーンだとわかった。そのとき、ディンが現れて自分は悪魔だと言って消えた」

「い、いつ?」

「おまえが寝こけていたときだ」



ライナットがエリーゼの言葉を借りてニヤリと笑いながら言うと、ルゥは顔を色々な意味で真っ青にさせた。

ライナットは口元を戻すと真剣な表情をし、医務室の前でルゥの肩に手を置いた。



「頼んだぞ。おまえとエリーゼはリオの護衛に専念させる。だが、おまえにはバラモンについても探ってほしい。やれるか?」

「はい!ライナット様!」



ルゥは緊張した面持ちで返事すると、ライナットはその肩を軽く叩いてから医務室のドアを開けた。

彼を見送ってからルゥは一つ大きく息を吐き出すと、ガイルに伝えるべく歩き出した。



「ディンが悪魔……」



大変なやつを連れて来ちゃったね、とルゥはどこかにいるガイルに語りかけた。


ーーーーー
ーーー



「あーもう、可愛い」



ライナットはその光景を見たとたん苦笑した。

リオは口元を綻ばせながらムギをぎゅっと抱き締めていたのだ。ムギは苦しいのかじたばたともがいているが、お構い無しに抱き付いている。


ライナットが入って来たことに気づくと、パッとムギを離した。



「ライナット!見て見て、元気になったよ」

「ああ」

「火傷までの経緯ってあんまり覚えてないんだけど、きっと私が悪かったんだ」



嬉しそうになったり、急に顔に影を差したりとコロコロと変わるリオの表情を見ながらライナットは、やっぱりこいつがいないとダメだな、と改めて思った。

彼女を見ているだけで心が癒される。



「では、僕は出ますね」

「ハルさんここにいればいいじゃん。遠慮はいらないよ」

「でも……」

「リオに従ってやれ」

「……はい」



ハルは手持ちぶさたを感じて、医務室の奥へと引っ込んだ。というより場違いな気がして隠れてしまったのだ。

二人の邪魔をしては申し訳ない。


リオは布団を捲って火傷の跡がある膝を見つめた。



「良かったもっと下の方じゃなくて。服で隠せなくなるから」

「そうだな」



ライナットがその湿布の近くに触れれば、リオはピクリと反応して顔を赤くさせた。



「ちょ、触らないでよ。恥ずかしいから」

「気にするな」

「そう言われたって無理だもん」



リオが拗ねていると、ライナットは僅かに笑いながら手を引っ込めた。そしてそのまま彼女の頭に乗せて撫でる。

いつになく柔らかな眼差しでリオは戸惑った。彼はもっと仏頂面だったから。

確かに、自分の前では表情が変わる方だと思うけど、優しくされるのは慣れていないから、リオは若干身を引いてしまった。


その変化に気づいてライナットはまた手を引いた。



「どうした?」

「なんか、慣れてなくて……頭とかあんまり撫でられたことないんだ」

「そうか。俺もだ」



ライナットが少し寂しそうに言えば、リオはバツの悪そうな顔をした。言われてみれば、ライナットの母親であるナタリーを一度も見かけたことがない。

そこら辺を聞くかどうか迷ったが、そこには触れずにしておいた。彼にも事情があるのだろう。


リオは起こしている上半身を座っているライナットにずいと近づけると、そのまま彼を抱き締めてしまった。

ライナットはいきなりのことで思考が停止する。



「じゃあ、慣れさせてあげるよ」



リオが笑いながら頭を撫でると、やっと思考が動き始めたのか彼はおい、と声を上げた。

しかしリオはあはは、と笑うだけで離れようとしない。

照れ臭くなって、彼は強行手段に出た。



「離れろ」

「ん?!」



ライナットはリオの唇に僅かに口づけを落とすと、今度は彼女が固まった。目を見開いたまま動かない。そしてみるみると頬を赤く染めた。


リオは堪らずドンとライナットの胸を押したが、今度は逆に笑われてしまった。さらにきつく抱き締め返された。



「待って待って、私が悪かったってば」



ハルがここにいると思って抗議の声を上げれば、ライナットはこれ以上困らせても酷か、と素直に離した。

リオは暴れる心臓に手を当ててはあ、とため息を吐く。



「意地悪!いつもこんなことしないのに」

「……俺はおまえの一喜一憂に反応する。だから、おまえの空元気もお見通しだぞ?」

「え……」



その言葉に目を泳がせるリオ。しかし、ライナットはただ見つめるだけだった。触れようともせず、話しかけようともせず。

リオは堪えられなくなって、今度は彼の胸に顔を埋めてしまった。掴んだ服にくしゃっとしわが寄る。



「ごめんなさい……ライナット怒ってるかもしれなかったから怖かったんだ。それなのにいつになく優しいからわからなくなって……それで、私どうすればいいか混乱しちゃって」

「怒るかよ。謝るのは俺の方だ。真っ先に会いにいくべきなのはおまえだったのに、実務を優先させてしまった」

「そんなの仕方ないよ。ライナットは司令塔なんだもん」

「だが、司令塔は好きなやつの前ではただの男だ。機嫌を窺ったり何を思っているのか観察したり……司令を出すよりももっと難しいのは、おまえが何を望んでいるかを理解すること。わかりやすいときもあるが、その逆もある」

「じゃあ、お互い様だね。ライナットだってわからないときばかりだよ」

「そうか?」

「そうだよ。たまーに難しい顔して窓の外見てるからさあ」

「そうだったか?」

「うん。廊下で見かけてもその顔見たら声かけづらい」



そんな掛け合いをしていて、どちらからともなくクスクスと笑い出した。


なんだか、心がくすぐったかった。



「では、俺はそろそろ戻る」

「私も部屋に戻りたいんだけど、こっちにいた方がいろんな人がお見舞いに来て面白いんだ」

「そうか。ハルはなんて言ってる?」

「いつでも帰って良いってさ」

「それならここにいろ。こっちの方が俺の部屋から近い」



顔を覗きこみながらそう言うと、リオは嬉しそうに頷いた。医務室から出るときに手を振られたため、小さく手を上げて返せばさらに笑みが深くなった。

そのままドアをバタンと閉めれば、夢のようなひとときからいっきに現実に戻される。ずうんと肩に重いものが乗っかったような感じだ。

リオといると、疲れを全く感じない。



(この疲れが取れるときは、全てが終わったときだ)



ライナットはこめかみを指で押さえながら自室に戻って行った。


ーーーーー
ーーー



「ムギちゃん、私ね……」



奥の部屋にいるから何かあったら言ってね、とハルが引っ込んで行った後、今までどこかに隠れていたムギを呼んだ。

ムギはリオに呼ばれてぴょいっとベッドに飛び乗ると、彼女の太ももの上に乗って見上げた。

そんなムギの背中を撫でながらリオは語りかける。



「セイレーンだって、知ってるんだ」



夢で聞いた歌。それを夢の中で口ずさんだとき、彼女の周りを黒い霧が覆い尽くした。腕を振って払えばたちまちその霧はバラけて、四方八方に散り散りになった。しかし、それでもリオの近くを回っていた。

怖くなったとき、歌が頭から離れなくなって無意識に歌い始めていた。すると黒い霧は狂ったようにもがき、どこかへと消えて行ってしまった。



「セイレーンってさ、命を狙われるんだよね。あと、不幸を招く存在だって本で読んだことがあるんだ」



セイレーンは不幸を呼び寄せる。意思に関係なく、しかも本人が悪いわけでもないのに悪魔が仕掛けてくる。

止めてと言っても、通用しない相手。

天使に力を与えるというが、天使なんてどこにいるかもわからない。しかし、悪魔は絶対に近くにいる。


それが、恐ろしく怖い。



「私がいなくなったら、戦争は無くなると思う?私を陥れようとしてこんなことになってるんじゃないかって、そんなこと考えちゃうんだよね。村だって、結局は私がいたから……」



自嘲気味にふっと笑えば、ムギに手の甲を舐められた。そして、頭をすりすりと押しあてられる。

その小さな頭を撫でれば、ムギは顔を上げてニャー、と一言鳴いた。

なんと言っているのかはわからないけど、きっと慰めてくれているんだろう。



「ふふっ、ありがとう。でも、大丈夫だよ。私は平気だから」



今はね、とリオは最後に付け足した。

そう、今はなんともない。大きな争いもないし、不穏な空気もない。

しかし、絶対に今後は不幸が降ってくる。それが自分になのか、エリーゼになのか、ルゥになのか……大事な人になのか。


自分以外だったらと思うと、罪悪感に溺襲われる。



「私に、逃げ場なんてないのにね……」



リオは泣きそうな顔になると、窓の外を見やった。太陽が遠くの雪山を照らしている。

ここにいても、いいのかな。迷惑にならないかな、邪魔じゃないかな、不幸を呼び寄せたくないな……


リオの決心は、硬い。

今度、一度でも危険なことがあったら……



「ごめん、ライナット……」



そう言って、ムギをぎゅっと抱き締めた。またもやじたばたともがくが、今度はぴたりと止めてしまった。

上から落ちてくる、儚い雫石。

それを頭で受けながら、ムギはゆっくりと違う色の二つの瞳を閉じた。



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