*Promise*~約束~【完】
「ここが、我ら『スターライト』サーカス団、略して『スタライ』のテントになります!」
「おっきい……」
連れて来られたのは、かつて迷子の男の子を母親に引き渡した広場だった。そこには以前にはなかった大きなテントの数々。
披露するカラフルなテントを筆頭に、その後ろには住居や道具用だろうか、小さなテントが軒を連ねている。
その間を口を開けたまま通れば、一つだけ立派なテントが現れた。どうやらそこが団長のテントらしい。
あちらこちらで忙しそうにしている人たちを横目で見ながら、恐る恐るそのテントに入る。
「団長どこ行ってたんすか!あと姉さんたちもいないし!」
「あの三人は抜けてしまったよ。そういう約束だったから仕方ない」
「もう、行っちゃったんすね……」
入るなりいきなりピエロが迫ってきた。リオには目もくれず団長に噛みつくも、事情を知って落ち込んでいる。
ピエロはあまり感情を表に出さないイメージがあったため、そのギャップに引いてしまった。
すると、今見つけたかのようにしてピエロが目を丸くさせた。
「団長、なんでここに一般人がいるんすか?」
「ああ、彼女はここにいる間だけ住み込みで手伝ってくれることになったんだ。料理ができるそうだから、少しは楽になるはずだよ」
「さっすが団長!呼び込むのが上手いっすね!」
いやいやいや全然呼び込んでないよ?!とリオが目で訴えるも届かなくて、ピエロに両手をがっしりと掴まれて握手をされる。
助かった助かった!と彼が喜んでいる姿を見て意気消沈したリオは、肩の力を抜いて苦笑した。
「俺ピーター!これからよろしくね!ちなみに、団長の次に偉いんだ」
「と言っても、彼は皆に可愛がられているアイドルのような存在ですがね」
「団長!俺もう二十歳っすよ!」
「二十歳?!同い年かと思ってた……」
「君はいくつ?」
「十七ですけど……」
「そうなの?俺こそ年上だと思ってた!あはは、お互い様だね!」
ルゥの真逆か、とリオは笑った。さらにはライナットよりも年上ときたもので、このピエロが可愛がられている理由がよくわかる。
年齢が時々わからなくなることが、気を許してしまう要因となっているのだろう。それはリオでさえも例外ではない。
「じゃあ、皆と顔合わせしないとね。名前は?」
「……リオです」
「リオちゃんね、俺もついて行くから安心してね」
リオーネと言ってしまえば、もしかしたらその名前の本当の意味を知っている人に会ったときに色々と面倒になってしまいそうで、本名は控えた。
第一、城内の人はこの名前がライナットの婚約者だと知っている。もしかしたら町の人も知っている人がいるかもしれない。
ライナットに自分がサーカスにいるなんて知られでもしたら、離れた意味がなくなってしまう。
(会いたくない、と言えば嘘になる)
幸福になってほしいからこそ、離れる必要がある。自分がいれば、不幸を呼び寄せてしまう。セイレーンは、悪魔を刺激する。
寂しい、会いたい、声を聞きたい……でも、ダメだ。
自分の感情に蓋をして、リオはピエロと一緒にテントを巡った。
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ーーー
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「全員ってわけじゃないけど、これで一通り挨拶はすんだかな。でも皆、姉さんたちがいなくなって残念がってたなー……」
「三人になら一応会いましたよ。凄い人たちなんですか?」
「そりゃもちろん!プロ顔負けの身体能力でお客さんと俺たちの心を鷲掴みにしたんだから!そんなの普通の人じゃ無理だよ」
最後に動物がいるテントに立ち入り、ライオンにびくびくとしながら外に出た。そんな彼女にピーターは明るく大丈夫大丈夫!と励ましていた。
そして、厨房の設備が整っているテントに戻ろうとしたとき、後ろから悲鳴が聞こえてきた。
「気を付けろ!ニアが脱走したぞ!」
その声に振り向けば、先程のライオンがこちらに走って……
猛ダッシュをしていた。
「何やってんのちょっと!どうなってんの!」
「わかりませーん!取り敢えず逃げて下さい!」
ピーターがライオンの世話係の人に叫ぶも、そんな無責任な回答が返ってくる。
事実、こんな状態でライオンを止められる人はどこにもいないだろう。
リオもピーターに走って!と急かされて一緒に走っていた。
「どうにかならないんですか?!」
「どうにもならないでしょ?!脱走したことなんて一度もなかったんだから!」
「嘘ー!!」
スピードの衰えないライオンの息遣いがだんだんと近づいてきて、リオは鳥肌が立つのを感じていた。さらには髪の毛まで逆立っているような感じさえする。
疲れてきてリオのスピードが落ちているのに気づいたピーターは、その腕を引っ張りながら走った。
「ほら!頑張って!皆があいつを転ばせようと罠を張ってるから!」
「もう……無理です……」
「諦めちゃダメだ!」
ついに、ライオンが追い付いてリオにその鋭い爪を立てようとした。ピーターがそれに気づいて顔が蒼白になり、リオはもうダメだと目を瞑った。
しかし、ライオンは寸でのところでぴたりと動きを止めた。
そして、静かに腕を下ろすと大人しくなった。
固唾を飲んで見守っていた周りの人々も首を捻るが、よくよく見て発見した意外な黒いものに声を上げる。
「……ムギちゃん?」
なんと、いつの間にか姿を消していたムギが立ちはだかるようにしてリオの前に立っていた。
そのただのちっぽけな猫に、ライオンは怯えたように頭を垂れる。
そして、あろうことかその厳つい顔に猫パンチを炸裂させた。
「ちょ、ムギちゃん?!」
リオが慌てて抱き上げると、ムギがライオンに対してフーッ!と威嚇した。まるで、近づくな!と注意しているようだ。
その威嚇に堪らなくなったのか、ライオンは一目散に檻があるテントまで、目にも止まらぬ速さで駆け抜けて行ってしまった。
一連の場面を見ていた人たちは呆然とムギを見る。
「この猫一体何者?!」
「さあ……拾ったのでわかりませんが」
ムギは周りを無視して目を閉じてから、リオにゴロゴロと甘え出した。おっかなびっくりその頭を撫でても、嬉しそうに目を細めるだけ。
ピーターは、まあ、何もなくてよかった、と言うと、手をパンパンと叩いて、仕事に戻ってー!と声をかけた。それでハッと我に帰ったメンバーがそそくさと散らばって行く。
彼は目を光らせてから、リオの腕の中にいるムギを見下ろした。
「オッドアイの黒猫か……なんか、凄い感じがするね」
「なんだか、ムギって名付けた自分が恥ずかしくなってきました……」
ムギを抱きながら、二人は改めて目的地に向かい始めた。