*Promise*~約束~【完】
ガイルの正体
「なんで緊急召集なんかがかかるんだ」
「仕方ないだろう?あいつらの動きが最近怪しいんだからさ」
「どいつもこいつもこそこそしやがって」
白亜の宮殿の長い廊下を歩く二人の男性。しかし、二人は人間ではない。
その背中には一対の白い翼をあり、耳の先は尖っている。さらには黄金の髪に碧眼。
これが、天使の特徴だ。
「どいつもこいつもって、どれのことだ?」
「悪魔とバラモンとセイレーン」
「全部だな」
相棒の言い草に苦笑いをする。相棒は普段は人間界に降りており、そこで仕えている主に精を出しているとか。
しかし、自分はずっと天界で過ごしているため、人間界での相棒の姿を知らない。
一度は人間界に行ってみたいと思うのだが、選ばれた者しか降りられず、その夢はまだ叶わない。
「悪魔とバラモンはわかるが、なんでセイレーン?」
「セイレーンが消息を断った……と見せかけて、他の天使に見つかって保護されている。いい迷惑だ」
「セイレーンがいなくなったのって本当だったんだな。まったく、どのセイレーンも一度は姿を消すよな」
「……俺たちが常に監視しているとは知らないからな。さりげなくフォローしてやっているのに、本人にはまるで自覚がない」
「セイレーンの悪口言ってるとバチが当たるぞ」
「受けて立とうじゃないか」
このヅケヅケと思ったことを言ってしまう相棒をどうにかしてくれ、と切実に思った。どこの誰に聞かれているかわからないというのに。どうしてこうも自分ばかりヒヤヒヤとしなければならないのか。
そうこうしているうちに、会合のある広間の前までやってきた。重厚な扉が目の前にそびえ立つ。
その扉を押し開ければ、幹部たちの面々が前方に重い腰を下ろしていた。
皆、一様に老いている。
「ガイル、人間界では善くないことが起きておるらしいが、どうなっておる?」
入るなり、幹部席の中央に座っている大天使に話しかけられた。
……そう、相棒とはガイルのことである。間違いなく、ライナットに仕えているあの情報屋だ。
連れの天使は壇上に上った相棒を見送ると、自身は一般席に座った。
「バラモンが不穏な動きを見せ、悪魔は虎視眈々とセイレーンを狙っている模様ですが、セイレーンは仲間に保護されている状態です」
「その不穏な動きを詳しく説明せい」
「はっ。人間同士の争いを操作し、自らが頂点に立とうと画策を練っています」
「頂点に立ち、我が物顔で人間界を支配しようとしている、とな?」
「恐らく」
ガイルがそれに頷くと、大天使は唸るように腕を組んだ。
人間界で情報を集めた結果、どこのバラモンも今までにないくらい人間たちに進言している。
これまでは静かに過ごしていたはずだが、いつの日からかその動きを活発化させた。しかもタイミングを見計らったように、悪魔たちがセイレーンを狙っている。
これでは、天使の勢力が分断されてしまうのは避けられないだろう。たった一人しかいないセイレーンでも、その破壊力は天使が何人いようと足りない。
だから、たった一人と言えど放ってはおけないのだ。
「このままでは、バラモンと悪魔によって人間界が大混乱に陥るのは必須かと」
「うむ……セイレーンの近くにはどれぐらいの天使がおるのかの?」
「ざっと、百人ぐらいでしょうか。しかし、悪魔もそこに集まりつつありますが」
「その場所は?」
「……バドランの首都でございます」
ガイルは苦虫を噛み潰したような表情で告げた。あそこにはライナットがいる。戦場になったとしても、自分が私情で一人の人間だけを護ることは許されない。
だから、エリーゼに頼むしかない。彼女はまだガイルを天使だとは認識していない。それは、認識されないように、関わりを持たないようにしていたからだ。
エリーゼは、人間と天使のハーフだ。悪魔やバラモンとの因縁を知っているが、ハーフであるため、ここにはやって来られない。
事情のわかる彼女なら、ライナットを護ってくれるはずだ。
ガイルはそれに賭けるしかなかった。
「さて、こちらも動くべきかのう……ガイル、そなたが指揮を取れ」
「勿体なきお言葉でございます」
「皆の衆聞いておったな?全面戦争になるであろうことは予想される。今までにない大規模な物になるであろうが、勝利を掴んで見せようぞ」
「「「おー!!!」」」
ガイルは頭を下げると、同意の声を遠くから聞いているような心地で壇上から下りた。
そして、興奮の冷めない広間を後にして重い足取りで歩く。
自分がリーダーとなってしまった。ということは、やはりライナットを助けられない。
あの、復讐に燃えていた若き主を護れない。
セイレーンが現れてからというものの、その炎は僅かに熱を下げたが、また最近チリチリと再燃し始めた。
それはすべて、悪魔のせいだ。セイレーン討伐部隊の隊長が、まさかあの影武者だったとは。
初め会ったときは何も感じず、その後も悪魔の気配はなかった。それはすべて、覚醒していなかったのに相違ないのだが……セイレーンの声で目覚めてしまうとは想定外だった。
今もどこかを彷徨いていると思うと、気が気ではない。しかもルゥをあんな状態にしやがって。
ガイルは沸き上がる怒りと焦りを拳に込めて、人知れず壁を殴り付けた。
「ぜってえ、ぶっ潰してやる」
ディンは恐らく、悪魔と人間のハーフだ。使命を眠らされたまま成長し、セイレーンの声で目覚めるように細工されていた。
しかも偶然か必然か、セイレーンの幼馴染みときている。もしセイレーンと接触すれば、警戒心を持たずに話しかけるだろう。
そして、あえなく消されてしまう。
(んなこと、させるか)
ガイルの情報網はすべて、天使仲間が集めたものだ。ガイルは天使の中でも、次に大天使の座が開けばそこに座れるのではないか、と噂されるほどの有望株だ。
だから、今回の指揮を任された。でも、それは本人にとっては迷惑なだけで、大天使の座など欲しくない。
ガイルはただ、ため息を吐くことしかできなかった。
ちなみに、天使は人の不幸を先読みすることがたまにある。エリーゼの場合はハーフなため、『嫌な予感』ぐらいにしか感じられない。
そして、天使すべてが予見したのが、悪魔とバラモンが手を取り合い、天使を潰し人間界を手中に収めることだ。
悪魔とバラモンは敵と言えるし、同類とも言える。
なぜか。
それは、悪魔がバラモンを生み出したからだ。悪魔はバラモンに魔術の知恵を与える代わりに、『生』を奪う。
だから『生』を奪われる前にバラモンは子供を産み落とし、その後に知恵を得る。
魔術は普段悪魔も使っている方法で、自分の手を汚さずに人間を陥れるというもの。人間の心を操ったり、不満を爆発させたり。
そして、ガイルはだんだんと真実にたどり着こうとしていた。
(まさかあいつがバラモンだったとはな……)
リリスに利用されているように見せかけて、実は逆に利用しているあの女。
禁忌を犯しバラモンを追放されたあの女が、何かを企んでいる。
尻尾をなかなか掴めずにいるが、それも時間の問題だ。
「ガイルー!皆がおまえのこと待ってんぞ?何やってんだよこんなとこで」
「なんでもない。行くか」
ライナットは今何しているだろうか、とガイルは目を少し瞑ってから歩き出した。