*Promise*~約束~【完】
「エリーゼ、ちょっといいか」
「何よ」
「俺の正体、気づいているだろ」
「さあ、なんのことかしら」
ガイルが声をかけるが、エリーゼは素知らぬ顔で花に水をやっている。
冬だというのにこの花は咲く。
なんて強い花なのだろう。
「おまえの正体、知りたくないか?」
その言葉にぴくりと反応するが、すぐにしまった、という顔をする。これでは知りたい、と言っているようなものではないか。
ガイルはその反応に不敵に笑うと、エリーゼはため息を吐いてジョウロを置いた。
「教えてやるって言ってんだ」
「なら、手伝ってくれない?」
エリーゼは満面の笑みで自身が持っていたジョウロを渡すと、はい、とガイルに渡した。
エリーゼはくるりと踵を返して別のジョウロを持ってくると、口元を押さえて悶絶する。
「似合わないわねっ……!」
「……」
やり返された、とガイルは天を仰ぐが、仕方ない、と肩を落としてジョウロを傾けて花に水をやる。
どうしてこうなったんだ、とガイルは横目で思い出し笑いをしている彼女を見た。
「正体なんて、わかってるわよ」
「どうだか……言ってみろ」
「ちなみに、あんたは天使なんでしょ?しかも有望な、ね」
「いつ気づいた?」
「人間でも悪魔でもない……って思ったときよ。最初会ったときは変なやつ、って思ってたわ」
人間でも悪魔でもない。
だから、こいつはなんなんだ?とエリーゼは探るような目付きで彼を見ていた。
その視線に気づきながらも、ガイルは放っておいた。彼はエリーゼの正体を知っていたから、気づいても気づかなくてもどちらでもよかったのだ。
「あと、ハルとやけに仲が良いなって思った」
「あいつは相棒だ。天使は単独ではあまり行動しない」
「じゃあ、私は一匹狼ってことね」
「狼人間の間違いだろ」
ガイルの何気無い一言で気づいたエリーゼは、危うくジョウロの水を溢しそうになったが、それをガイルがさっと支える。
そして、彼はそれを代わりに地面に置いてあげた。
「……あり得ない」
「あり得る。実際、天使と人間のハーフも悪魔と人間のハーフもいる」
「なんで……」
「天使や悪魔は、人間界では普通の人間と同じだ。ただ、少し異質な部分はある。例えば、身体能力がずば抜けている、とかな」
「……」
自慢ではないが、自分の身体能力の高さを知っているエリーゼ。
あと、悪魔か人間かを見分けられる力。
それは天使が悪魔を制裁するのに必要な能力で、間違えて人間に手を出してしまうのを防ぐもの。
あながち、ガイルの話はデタラメではないのかもしれない、とエリーゼは警戒心を解いた。
「……じゃあ、教えてよ」
「なんだ」
「私は天界には行けないの?」
「無理だ。純血の者でないと行くことはできない」
「他にハーフは知ってる?」
「街にはちらほらいるが、ここにはいない。実際、天使よりも悪魔の数が多い。日に日にその数が増えているのは確かだ」
悪魔や使い魔が増える一方で、天使は減少している。それは、天界で開かれた会議でも窺えた。
本来なら満席になるはずだが、ところどころ空席のところが見られた。天使全員があの会場にいたわけではないが、それでも空席があるのは異常なことである。
「じゃあ、最後に教えて」
「その前に、おまえは俺たちに協力する意志はあるか?一匹狼でもいいと思うが、情報が少ないだろう?」
「……私の質問が先よ」
エリーゼは冷たく言い放った。ガイルは口をつぐんでその先を待つ。
ほんの数秒の沈黙が、やけに長く感じられた。
「ライナット様は一体何者なの?」
「……」
「答えなさい!人間じゃないわよね?かと言って、天使でも悪魔でもない。いや、わからないのよ、なんだか境界線が曖昧で……」
「気づいているなら仕方ない。これはトップシークレットだから他言無用だ」
「わかった」
冬でもこの花は咲き、その言葉の先を見守る。
水滴が光に反射してキラキラと瞬き、生命の力強さを主張するように寒さの中、懸命に生きている。
植物の中でも、類い稀な種類。
彼と同じように……
決心したようにガイルが口を開くと、エリーゼは言葉を失った。
そして、みるみるうちにその瞳に反発の光を宿すと、強い口調で声を上げた。
「あのお方をどうするつもりなの?!」
「そのときは……そのときだ」
「あんたは監視役ってわけね」
「いや、ただの偶然だ。子供の頃は実に天使のようなお方だったが、徐々に隠されていた闇の部分が出てきている。だが、どうなるかは本人次第だ」
「私は!……一匹狼を貫き通すわ」
ガイルから空になったジョウロをひったくり、地面にあるもう一つも拾い上げると真っ直ぐに彼を見上げてから背中を向けた。
しかし、ガイルはまだ言い残していることがある。
「待て」
ガイルは足音もなくエリーゼに近づいてその肩に手を置いた。
「陛下は、すでに亡くなっている」
「……陛下は、天使だったのね?」
「ああ、王はだいたい天使の家系だ。しかし、バラモンに隠蔽されていた」
「引き留めたついでに、教えてあげるわ」
いつか、リオに言った言葉を背中ごしにガイルに吐き捨てた。
「私は、ライナット様の味方よ」
するっと自分の手から抜け出してスタスタと歩いていく年下の女性を、ただガイルは見つめていた。
その背中には、強い意志がありありと放たれている。
「……フラれたか」
ガイルは困ったようにそう呟くと、また天を仰いだ。
そこでは、花壇で咲いているような白い雲が、気まぐれにふわふわと漂っているだけだった。