*Promise*~約束~【完】
「い、痛い痛い痛い!」
「身体固いねお姉ちゃん」
「仕方ないじゃ、ったい!痛い!」
「ほらほら~息吐いてー、吸ってー」
リオはなぜか、年下の男の子に柔軟をされていた。その小さな手で背中を押されては、筋肉が突っ張るような感覚を覚える。
なぜこのようになっているのかというと、暇そうにブラブラとサーカスの敷地内を歩いていた男の子に声をかけられ、遊ぼう!と言われたのがことの発端。
それで、何して遊ぶ?と聞いたところ、僕綱渡りできるんだ!と自慢され柔軟をお願いされたからだ。
そして、お背中お流しします、的なノリになり今に至る。
「なんで私まで~……」
「綱渡りって言っても、まだ見習いだから平均台で練習してるんだけどね」
「そうなの?」
「うん。でも、準備運動は大切だよ!ってピーターに言われたからいつもしてるんだ!」
偉い?と胸を張る男の子の頭を撫でて、偉い偉い、と褒めればなぜかそっぽを向かれた。
リオの頭の上には疑問符がたくさん見える。
「子供扱いしないで!」
「え?!君いくつなの?」
「六つ!」
「……そう、だね。子供じゃないね」
かなり微妙な年頃だと知り苦笑しながら訂正した。
可愛いこの男の子を撫でてしまった手を引っ込めて、代わりに肩に手を置く。
「じゃあ、平均台渡ってみてよ」
「うん!」
力強く頷いてから、男の子はタタタッと駆けていきひょいと台の上に乗る。
その身軽さに、やはりサーカスの団員なのだと実感した。
「見てて!」
男の子は念を押すと、あろうことか逆立ちして平均台をいとも簡単そうに渡りきってしまった。
リオは呆然としながら、目の前まで逆立ちのままで戻ってきて立った男の子を見つめる。
男の子はそんなリオを笑っていた。
「驚いた?凄い?」
「す、凄い凄い……まさか逆立ちするとは思わなかった」
「へへへー、あとはね、縄跳び跳びながらもできるんだ」
「や、やらなくていいよ!凄いのはわかったから」
「そう?」
あんな曲芸のさらに上をいくものを見せられたら、心臓がいくつあっても足りない。落ちてしまったらどうしよう!とリオは肝が潰れるような思いをしていたのだ。
必死に手を振って男の子を制すると、お姉ちゃんもやってみたら?と言われた。
「え?いいよやらなくて。怪我するの想像できちゃうし」
「やらないの?別に逆立ちしてやらなくてもいいんだよ?」
「だって、この平均台普通のより細いし……」
「やってみないと、わからないじゃん」
急に男の子が真剣な表情で見上げてきたので、リオは驚いて言葉を切った。
しかし、見つめあったのは一瞬で、男の子はもとの人懐こい顔に戻る。
「できるって思わないと、何もできなくなっちゃうよ?」
「うっ……」
なかなか鋭いところを突くな、と思わず声を上げると、男の子は申し訳なさそうに言った。
「……って、ピーターが言ってた」
な、なんだピーターか、とリオは胸を撫で下ろした。年下に諭されるとは……と落ち込んでいたのだ。
男の子はまだ気まずそうな顔をしてリオの顔を覗く。
そして、その手を引っ張るとグイグイと平均台の出発地点まで導いた。
あとは、本人次第。
リオはごくりと生唾を飲み込むと、靴底よりも細い柱の上に片足を乗せた。男の子の肩を支えにする。
僅かにギシッと音を立てる頼りない木の棒に、男の子の肩から手を離して意を決してもう一方の片足も乗せた。
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ーーー
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「それで、リオの様子はどのような感じでしょうか」
「もっと砕けた口調でいいよ?」
「いえ、お世話になっているので」
エリーゼは、サーカスのとあるテント内にいた。メイド姿ではなく、どこにでもいそうな街娘の格好をして。
そして、彼女の前にはピーターと団長がニコニコとしながら迎え入れていた。
そんな二人に頭を下げてから、手のひらに乗せている紙を見せる。
それは、ピエロからもらったメモ代わりの紙吹雪で、そこには小さな字がしっかりと綴られていた。
『彼女は預かるよ』
しかし、実際にはそのときリオはサーカスには所属していなかった。それは、あの能力が原因だったのだ。
それを知ったのは、リオを探してライナットの行き付けの店に行ったときにレオナルドに直接聞いて判明した。
自身はリオの親友だということにして。
「リオなら、サーカスの団長のとこに行ったよ?」
一応、紙吹雪を貰ったものの確かめたくて足を運んだこの店。ルゥには場所を予め確認しておいた。
しかし、ライナットにはまだ見つかっていないことにした。やはり、彼女の気持ちと悪魔、そしてバラモンの動向が気になるのが実際のところ。
だから、未だに伏せている。
「あなた方は……天使ですね」
彼らが未来予知をしたのは間違いない。
「当たり!君は……見たところハーフでしょ?」
「はい。つい最近知ったのですが」
「実は、ここにいるのは天使とハーフばかりなんだ」
「そうなんですか……勧誘はお断りします」
「あはは、バレた?」
初対面にも関わらずこの馴れ馴れしさにうんざりしながらも、エリーゼは平然を装った。
まだ、最初の質問に答えてもらっていない。
「リオはね、上手くやってるよ。溶け込んでるし、よく働くし。全然セイレーンには見えないね」
「……彼女は、自分の正体を知って大切な人から離れることを選びました。ですが、相手が黙ってはいないのです」
「独占欲が強いってこと?」
「違います……均衡が崩れた、それだけです」
エリーゼが含みのある言い方でそう言うと、ピーターはふ~ん?と疑いの目を向けた。
そんな彼にまあまあ、と言ったのは団長である。
「そう、目くじら立てないで。あの子はいい子だから向こうにとってもかけがえのない存在なんだよ」
「リオが無事なら、それでいいです。私は帰ります。時間を割いていただいてありがとうございました」
「え、なんか淡白なんだね」
「私たちも色々と忙しいのです。敵も謎も多すぎる」
「あ、待って!じゃあさあ?」
ピーターが差し出した手に疑問の眼差しを向ける。
「手を組もう。こっちも、情報が交錯しててわかりづらいんだ」
エリーゼは、しばらく考えた後おもむろに自分の手を前に動かした。