*Promise*~約束~【完】
そしてまた日は流れ一週間が経った。これまでろくに休まずに働いているリオ。
手は荒れ、マメができ、疲労が溜まって目の下に隈ができて、何よりあちらこちらの関節にガタが来ていた。
それでも必死に家を護る彼女。その見るに耐えない変貌に、村の人々は不安の色を隠せない。あんなに可愛く明るかった彼女は、今や痩せこけ話すところも見なくなった。
笑顔でさえ、表情でさえも変わらない。
「リオちゃん、具合はどう?」
「あ、おばさんおはようございます。おばさんこそ、おじさんがいなくて大変でしょう?」
「あたしんところは平気よ。子供たちが手伝ってくれてるからねぇ。でも、リオちゃんは一人だろう?一人ぐらいは貸してあげられるわよ?」
「いえ、そんなに気を使わなくても大丈夫です。それでは、失礼します」
リオは笑ったまま早々と話を切り上げ、水の入った桶を持って歩いて行ってしまった。
その後ろ姿を近所の奥さんは寂しげな表情で見送る。
「気を使ってるのはどちらかねぇ……」
その呟きは、彼女には届かない。
助けたいと思っている住民は他にもたくさんいるのだが、人様の財産に手を出すのはあまり好まない。責任が持てないからだ。
だから、彼女は助けを求めずただただ仕事にのみ打ち込む。
「身体を壊したらもとも子もないだろうに」
奥さんは瞳に影を差しながらゆっくりと、リオが歩いて行った方向から顔を背け踵を返した。
しかし、奥さんの心配事が現実となる前に、悲劇が起こってしまった。
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焦げ臭い匂い、鳴き叫ぶ牛や鶏たち。
その異常なまでの事態に、リオはベッドから飛び起きた。
バンッ!と家の扉を開ければ、広い牧草地。住宅街の方を見れば……
燃え盛る炎の波。
「どうして……」
空は紅色に染まり、家の窓ガラスにゆらゆらと炎が反射する。
ちらほらと逃げ惑う人々の影が見えるが、リオの家は村の外れにあるため状況がまったく掴めない。
「誰か……」
ワンピースの裾を翻しふらつく足を動かして、リオは村の方へと進み始める。まだ薄暗い住宅街に上がる炎に目が眩みそうだった。
どうしてこうなったのだろうか。どうして争いなんてものが存在するのか。
リオは泣くことも忘れ、ただ歩みを進めた。だんだんと熱風が彼女の身体を包み込み、汗も溢れる前に蒸発する。
顔を腕で覆いながら、一歩、また一歩と炎に近づいた。
「お父さん、お母さん、ディン……」
もう、こんなの嫌だ。
彼女が燃え盛る一軒の家にその身を投げ出そうとしたとき、誰かに腕を引っ張られそのまま後ろに倒れた。
しかし、地面には付かずにドンと背中に何かが当たる。
「気を付けろ、と言ったはずだが」
「うっ……うっ……ディン……」
「……すまない」
意識が朦朧としている彼女は涙を流しながら誰かの胸の中で気を失った。
すまない、と言葉が本人に聞こえたかどうかはわからないが、その誰かはリオを横抱きにし焼け落ちている家から遠ざかる。
「ライナット様!勝手に行かないでくださいませ」
「兵を退かせろ。ここはもう落ちた」
「はっ!つかぬことをお聞きしますが、その方は……?」
「案ずるな。連れて帰るだけだ。下がれ」
「ただちに!」
誰か……ライナットは無表情のまま隊長に命令を下し、眠っているリオに顔を向けた。
「俺だって、こんなこと……許せ、とは言わん。ただ、おまえだけは救いたい」
ライナットは今一度後ろを振り返り、その光景を目に焼き付けた。これは、戦争。
戦争に、慈悲も手加減もないのだ。