*Promise*~約束~【完】


「……?」



リオが何かを感じて振り返るが、そこには慌ただしく行き交う仲間たちの姿しかなかった。

つい先程、サーカスは無事に公演を開始し、ピーターやシャルはその本領を発揮させている。

本当は綱渡りが見たかったのだが、なかなか持ち場を離れられずにやきもきしていたのだ。


それで神経が荒ぶっているのか、周りの小さな異変に敏感に反応してしまう。


例えば、ムギが見当たらないことや、テントが風にはためく音、さらにはテントから沸き上がる歓声にびくついてしまった。

落ち着こう、と心を鎮めようとしても上手くいかない。深呼吸をしてもダメだった。

せめて、ムギさえいてくれれば心強いのに、とリオは無意識に視線を走らせてしまう。暗いところや狭いところ、高いところ……しかし、どこにもいない。


綱渡りを見たいのに、ムギを探したいのに、ここから動けない。


小道具を入念に拭く作業は地味だがたいへんだ。観客に見せるものだから、尚更気が抜けない。隣で同じような作業をしている人たちも、時折肩をぐるぐると回したりぐりぐりと揉んだりしている。

しかし、抜かりないこの作業があるからこそ、小道具一つ一つが輝いて見えるのだ。


リオはふう、と息を吐いてから、また手元に集中した。


ーーーーー
ーーー



「……」

「……」



一方、その頃のムギはと言えば、一羽の白いカラスと対峙していた。お互いに睨みを効かせて向かい合う。

白いカラスはテントの上からムギを見下ろし、ムギは下からカラスを見上げていた。


この白いカラスは、天使にとっての使い魔のような存在で、天界に生息している野生の生き物だ。天使はこのカラスを飼うことで、いわば伝書鳩のように通達をしてもらっている。

白いカラスは頭を介して意志疎通はできないが、この黒い猫が敵であることを知っていた。

だから、こうやって睨み合っているのだ。



「……んにゃ」

「クワッ」



しかし、ムギはふいと視線を逸らすと背を向けて歩き出した。それを引き留めるようにカラスが泣けば、めんどくさそうに振り返る。

言葉が通じないのにも関わらず、カラスはムギを呼び止めた。そして、何かを訴えるように羽をばたつかせるが、ムギにはさっぱりわからない。



「にゃーっ!」

「カアッ!」



苛ついたムギが不機嫌そうに鳴けば、怒ったようにカラスは飛んで行ってしまった。

最初から伝わらないってわかってるんだから、時間を煩わせないでほしい。

といった感じでムギは尻尾を振ると、リオのいる場所へと小走りで向かった。


彼女の見張りもしなければ。


ーーーーー
ーーー



「レディース、エーンドゥ、ジェントルメーン!さあさあお待ちかねの、ショータイムの始まりだよー!!」



舞台の中央でスポットライトを一身に浴びているのは紛れもなくピーターである。

その声と共に、ピーターはステッキに花を咲かせ、帽子をひっくり返せば白い鳩が飛び立つ。

でも、よくよく見たら小さな白いカラス……に見えなくもない。



「まずはこちらです!」



それはさておき、ピーターが奥に姿を消せば、大きな玉に乗った道化師たちが列を成して現れた。

途中でわざと危なっかしいようにバランスを崩しかけ、なんともないように両手を広げた。



「火の輪くぐり!」



それに拍手が沸き上がると、その列も姿を消して、次に現れたのはライオンだった。

火の輪をくぐり飛び越え、ガオーと一声鳴く。さらに連続して飛び越えれば歓声が沸いた。


ライオンも消え、パッと照明が落とされる。それにどよめきが起こったのも束の間、またパッと照明が照らしたのは天井近く。観客は首を目一杯仰け反らせ、必死にその姿を見つめた。



「次は綱渡りだ!」



そこには、綱渡りをすでにしているシャルがいた。

まずは腕を広げてバランスを取り、難なく渡りきる。そして、拍手が起きる前に今度は後ろ向きに進み始めた。どこからか悲鳴が上がる。

しかし、それも問題なく終われば拍手が起こった。まだまだ彼の演技は終わらない。

彼がまた前に進み始めれば、あろうことか別の人が前から来てしまった。二人は顔を合わせると、腕で押し合ってもめ始めた。

もちろん、シャルの相手は観客から邪険にされ、邪魔だー!と言われてしまう始末。

それが面白くなかったのか、なんとシャルを突き飛ばしてしまった。小さな身体が僅かに宙に浮く。

危ない!と観客の誰もが目を瞑って再び開ければ、そこには相手の後ろに立っているシャルが。

観客はその早業に目が点になっていたが、まばらに拍手が起こり、次第に盛大な歓声へと変わった。指笛の音がシャルの耳に届き、彼は笑顔でお辞儀をすると、相手と一緒にスポットライトから消えた。

そして、スポットライトも消えて暗闇がしばらく続く。次はどんな演技なのだろうと観客が想像を膨らませ、暴れる心臓を鎮めようとしているとき、またスポットライトが天井近くを照らした。



「今度は、空中ブランコだ!」



優雅に衣装をはためかせ、ブラーンブラーンと揺れる女の子。

相手は男の子で、こちらは腕を振ってブランコの触れ幅をだんだんと大きくさせていた。


そして、タイミングを見計らって男の子がくるくると回りながら飛べば、見事キャッチする女の子。おおっ!と声が上がる。

二人はその場で場所を交代させると、今度は女の子が宙を舞った。男の子のときよりもしなやかな動きで反対側のブランコに飛び付き、ブランコに座って手を振る。

観客の子供たちがそれに手を振り返すと、女の子はにこりと笑ってまた宙ぶらりんになり、男の子と目配せをして、今度は同時に手を離した。

ごくり、という観客の唾を飲み込む音が聞こえそうなほど静寂に包まれたが、それぞれがブランコを掴んだときに大きな拍手の音が爆発した。

二人は満面の笑みでブランコに座ってから両手を振ると、またもやスポットライトが徐々に色を薄くさせ、完全に消えた。また暗闇が舞台を埋め尽くす。その後も次々と演技は催され、観客の熱気がむあっと漂っていた。


今は冬だというのに、熱気で手には汗が滲んでいる。


興奮さめやまない会場が少し静かになったところで、照明がまたパッとつき、中央にはピーターがお辞儀をした格好で立っていた。

顔を上げて、いかがでしたでしょうか?と声を張り上げる。



「我らスターライトサーカス団の公演はここでお開きにいたします。外にはまだまだお客様がいますので、あくまでも演技の内容はご内密に。では、お気をつけてー!」



ひらひらと手を振ってピーターが走り去っても、なかなか観客は立ち上がれなかったが、奥からライオンの吼える声が聞こえてきてハッと我に帰った。

そそくさと立ち上がって外に出ると、両脇に設置された箱があった。どうやら、料金はその心……度量分払えということらしい。満足できなかった人はゼロ、大満足した人はいくらでも。

観客たちは無料なのか?と思っていたが、その箱を見つけてすぐさまお金をぽんと投げ入れた。確かに、最初から有料だと知っていたらなかなか足を運べなかっただろう。


"このスタライサーカス団は、お金ではなく皆様の笑顔が宝物なのです"


という文字が説明書きの看板に記されていて、それを見た人は皆笑顔になっていた。


そして休憩を挟んでまた始まる公演。午前二回、午後二回にわけてあるこの公演は、何事もなく大成功をおさめた。

そう、何も起こらずに……


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