*Promise*~約束~【完】


「拍子抜けだよまったくもー!」

「何不謹慎なこと言ってんのよ!来てもらっちゃ困るのに!」

「わかってるけどさ、その、ねえ?」

「私たちに振られましても……」

「俺たちはおまえのフォローをするつもりはない」

「ひえー……」



ルゥはがっくりと項垂れて頭を抱えだした。

しかし、頭を抱えたいのは彼だけではない。


公演初日の夜になっても、静けさはそのまま。四人の前ではライナットが黙々と食事を取っているだけ。

普通は黙って見守るのが家来というものだが、残念ながらそんな躾はなっていない。


カチャカチャと食器が擦れる音に混じって、ライナットのため息が聞こえたような……


だが、彼らには全く聞こえていないようだった。



「じゃあ、明日?明日でサーカスいなくなることになってるよね?」

「でも、明日の午後は城の中でお披露目をすることになってるわよ」

「となるとさ、あいつらには不利になるよね?天使がうじゃうじゃいることになるんだから」

「……そうね」



エリーゼは複雑な気持ちで相槌を打った。

実は、ルゥにエリーゼが天使と人間のハーフだとは教えていない。

ガイルは天使、シオンは悪魔、という事実は教えているのだが、ライナットの正体も教えられていなかった。


ルゥは人間だ。天使と悪魔の因果に巻き込んではいけない。

下手にのめり込んでターゲットにされてはいけない。


相談した結果、そう決断が出されルゥには中途半端な立場を与えてしまった。騙しているつもりはないのだが……

その真実をルゥが知ってしまったら……

信じてついて来ている彼を、傷つけてしまう。


それが怖くて、益々エリーゼは打ち明けられずにいた。たぶん、エリーゼやライナットの正体を教えたところでルゥは傷つかない。

こうやって、隠していることに傷つくはずなのだ。だから、仲間なのだから教えるんだったら早めに教えてあげるのが得策。

なのに、敵に目をつけられたら……と思ってしまい、伝えられないのだ。


このもどかしさを逃がすには、エリーゼはため息混じりにそうね、と言うしかなかった。



「しかし、まさかサーカスを入れる許可が下りるとはな。バラモンは異議なしってことか?」

「ああそれね。お偉いさんがオッケー出したのよ」

「お偉いさんって?」

「……アレックスだ」

「へ?」

「バラモンは確かに反対していた。だが、あいつはバラモンを信用しなくなったからそれを蹴った。その結果、俺たちの良いように事が運んだ」



ルゥの言葉に、ちょうど食事を終えたライナットが口許をナフキンで拭きながら言い添えた。

リリスの息子であり、第一王子であるアレックスは怪しいバラモンを嫌っている。

前回の王子三人の会議では、その様がありありと見てとれた。

バラモンに何をされているかわからない母親を心配して、アレックスは健気にもサーカスを受け入れた。


それは、バラモンにとっては思わぬ邪魔であり、ライナットたちにとっては思わぬ助けとなったのだ。



「ただ、午前がどうなるかは知らんがな」

「勝負するとしたら、午前よね」

「ああ。明日だ」

「明日……」



すべてが終わるだろう。


ガイルは心の中で呟きながら、そっとライナットの横顔を盗み見た。

横顔からもわかる、決意の強さ。


敵を、誰だろうがぶちのめす。


バラモンだろうがリリスだろうが、そんなのは関係ない。


ただ、敵と見なした者は容赦なく……


(俺は、それを見届ける。彼の行く末を、必ず)


バラモンが天使を封じる術を持っていたら状況はキツいだろうが、サーカスを拒んだということは、少なくとも向こうにとって天使は厄介な存在であることは間違いない。

それなら、自分も役に立てるだろう。

彼と過ごして来た日々から得た、相手を封じ込める技。ライナットの命令のもとに、脱獄させる者たちの安全を護ったこの身体。

強引な事もしたが、今となっては良い経験となった。



「ですが、問題が一つ、ありますよね?」



しかし、シオンの一言で皆は現実に引き戻された。

午前がチャンスなのか午後がチャンスなのか。

それは、バラモンにしかわからない。



「午前なら天使は手薄ですが、午後はターゲットが二人とも揃うということです。常識ならあなたを堕ちさせてからセイレーンを動揺させ、その隙を突くのが妥当です。

もし、午後に攻めて来られたとしても、あなたは彼女を護り切る自信がおありですか?」



シオンはライナットを見ながらそう告げた。

ライナットは僅かに目を伏せるが、ふっと口許を緩める。



「おまえ、俺を誰だと思っているんだ?」

「……そうですね。愚問でした」



このときのために、このときを予期して集めた部下たち。

その視線と信頼、そして期待や将来までもを背負った彼の背中は、もはや一人では支えられない重荷となっていた。


部下は、その重荷を与えながらも、一緒に背負っている。


そして、リオもまたその重荷を一緒に背負ってくれる。この指輪が何よりの証拠。

テーブルの下から僅かに覗いているその光を垣間見て、シオンは微笑んだ。



「私も、恐れながらお手伝いさせていただきます」

「もう、手伝っているんじゃないか?」



ライナットの返しにエリーゼがクスクスと笑えば、シオンは一瞬目を見開いた後に恥ずかしそうに頬を染めながら笑みを深めて頭を下げた。



「恐れ入りました。ライナット様」



< 69 / 100 >

この作品をシェア

pagetop