*Promise*~約束~【完】
その後、その村は焼け落ちたが村人は全員外に逃げていて大事には至らなかった。しかし、財産を失った悲しみは大きい。
家も、家畜も、村もすべて炎に呑み込まれてしまった。思い出も、未来も……
村人は近くの村へと逃げ延び、このことをガナラの都市部に伝えた。
バドランによって滅ぼされた、と。
この悲報を聞き、徴兵令によって集めた兵士たちを出陣させるかを迷っていたガナラは、ついに決断を下した。
バドランを撃て。そうすれば平和は我らの手に。
ガナラの兵士たちはそれを信じ、宣戦布告なしで責めてきたバドランに敵意を示した。
ガナラも、バドランの一角を襲ったのだ。
それにより、戦争の火蓋は切って下ろされたのだった。
「リオ……生きているよな」
ディンは今日も空を仰ぎ、故郷に残した少女の面影を探した。
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ーーー
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村が焼けてから数日後、リオはとある部屋で塞ぎ込んでいた。
「ここから出たいけど、出たくない……」
正直、ここがどこなのかはわからない。窓の外を眺めれば活気のある城下町を臨むことができる。
しかし、その光景を見て頭の中にぴんと閃きが発生した。それを肯定するには、まだ時間がかかる。
「なんで、こんな、こんな……」
バドラン。
こんなことって、有り得るのだろうか。
食事はメイドにより毎日三食きちんと出され、着替えの服もクローゼットの中にこれでもかというぐらい仕舞われている。
お風呂も入りたいときに入ればいつでも沸いていた。
こんなによくしてもらえる義理なんてないはず。
「もう、わけわかんない……」
父親と幼馴染みの消息を知らないため、心細さは倍増する。置いてきた家畜たちの安否も……期待はできないが気がかりなのは確かだ。
布団を頭に被ってミノムシのようにベッドの上にごろりと身体を預けていると、ふいにガチャリとドアが開けられる音がした。
不思議なことに、ドアはいつも鍵が掛けられておらず、自由に出入りができるようになっていた。
逃げ出そうと思えば、いつでも逃げ出せたのだ。
「おい、いつまでそうしているつもりだ」
「だって……」
「だってもクソもない。出ろ」
「嫌よ」
「なら、力付くで剥ぎ取るまでだ」
「きゃあっ!!」
さらに不思議なことに、ライナットは毎日こうして話しかけに来てくれている。どうしてここにいるのか、なぜリオを助けたのか。
それは、本人にしかわからないことだ。
いきなり布団を剥ぎ取られ身を縮めるリオ。その様子に何を思ったのかまた布団をかけた。
バサッと身体に布団をかけられる。
「どういう風の吹き回し?今までこんなに接触することは避けてたじゃない」
「避けてなどいない。おまえの様子を窺っていただけだ」
「嘘よ。私が野蛮人じゃないか監視してたんでしょ」
「例えそうだとしたら、なぜ俺は護衛を付けないでここにいる?」
「……」
リオの早口にも動じずライナットは冷静な口調で返す。ライナットの唐突な問いに頭を捻るリオ。
確かに言われてみればおかしな状況だ。
「説明できないならそういうことだ。俺はおまえをどうこうしようなどとは思っていない」
「人質でもないのね?」
「あり得ない。保証する」
「……わかったわ。ミノムシは卒業してあげる。でも、完全に信用したわけじゃないから」
「信用しなくてもいい。ただ、敵視するような真似はよせ。無駄な労力だ」
一番最初に会ったときとはうって代わり、彼女から敬語は抜けてしまった。あのときは神秘的な青年に映っていたものの、今となっては得体の知れない態度のデカイ男。
それに、優しいんだかそうでないのかよくわからないところがある。
「……ありがとう」
「よくできました」
「もう!人のこと馬鹿にして!」
「馬鹿になどしていないさ」
「はあ。笑わないでよ、調子狂うから」
「ああ、同感だ。調子が狂う」
クスクスと忍び笑いをするライナットに頬を膨らませるリオ。彼女は笑い続けるライナットから目を背けると、窓から街を眺めた。
「ここは、バドランよね」
「そうだ」
「あなたは、何者なの?どうしてこんなところに私を連れて来て良くしてくれるの?」
「俺が誰だかわかっていないのか?」
「名前以外はね」
「それもそうだな。話してやるが、一つ約束させてくれ」
「何?」
「話を聞いた後、おまえが俺に対して持つ感情は変わってしまうだろう。だから、その前に約束をしたい」
「……?」
「俺は、おまえを殺す気はない。それを保証することをここに誓う」
「変なの。そんなの当たり前でしょう」
「そうだな。だが、これは俺にとっては重要なことなんだ」
ライナットは自嘲気味に微笑むと、表情を一変させてキリッと顔を引き締めた。
その雰囲気にただならぬ内容を感じさせる。
ライナットは一呼吸置いた後、リオに身の上を明かした。
「俺はバドランの第三王子のライナット=バドラン。おまえの敵であり、おまえの故郷を火の海にした張本人は紛れもなくこの俺だ」
「ライナット=バドラン……あなたが、私の村を……!」
「そうだ。そして誓え。俺を殺したくなったときは、いつでも殺すと」
「……」
「この国……この俺の本質をその目で確かめたときに、選択しろ。殺すのか、生かすのかを」
「それに対するあなたの利益は?」
「ない。俺には悪いことをしているという自覚がある」
「白々しいわね!私の村を焼いておいて何を今さら!」
「だから、いつでもこの剣で俺を殺していい。ただし、俺とバドランの本質をその目で確かめてからな」
ベッドから飛び降りライナットに詰め寄ったリオ。恨みを含んだ眼差しで彼を見つめていたが、彼の手に握られている短剣に少し眉をひそめた。
その短剣は、いかにも豪族が持っていそうな出で立ちの、きらびやかな彩飾が施されていたのだ。
「これは、バドラン王家のみが扱える紋章だ。これが刻まれている物なら例え凶器だろうと城内で持ち運べる」
短剣の柄の部分に何やら紋章が刻まれているのに気づいたリオは、やはりここはバドランなのだと実感するはめになった。
彼の本意がまるで読めない。
リオは恐る恐るその短剣を手にし、ライナットを鋭い眼差しで見上げた。
そんなリオの有無を言わさない瞳に、ライナットは安心した。
「ちなみに、俺は十九歳だ。おまえよりも年上だということを忘れるな。あとは……おまえは俺の婚約者ということになっている」
「え」
「仕方ないだろう?そう言わなければおまえはあの場で処刑されていたし、その紋章の入った短剣を持つことも許されなかったんだからな」
「私はそんなの望んでない!何を考えてるの?」
「何を、か……強いて言うなら、呪縛から逃れたいがために、おまえを巻き込んでしまっている。俺はこんな戦争を望んではいない。しかし、この家から逃れることは不可能だ。俺は操り人形と同じだ」
「操り人形……」
「その糸をおまえに切って欲しいと思っているが、そのままこの身も切って欲しいとも思っている。俺は罪をこれからも重ねるだろう」
「……わかった。あなたは償いをしたいのね。そして、私に裁判官になれと言っている」
「ああ、その通りだ。死罪だと確定したときに、その短剣で俺を殺せ」
二人はしばらく見つめあった後、ライナットが部屋から出て行ったことにより、時間がまた流れ出したようだった。しかし、リオは立ち竦むことしかできなかった。
短剣を握っている手は僅かにカタカタと震えている。
「故郷を壊したのはあいつ。だけど、憎しみにまみれて私も罪を犯していいの……?」
憎き敵、バドラン。
しかし、憎しみの矛先を彼に向けるのは、果たして筋が通っているのだろうか……?