*Promise*~約束~【完】


~シオンside~


ーーー約十数年前ーーー


「シオン、お主には人間界に偵察に行ってもらう。バラモンの様子を逐一報告するのだ。くれぐれも、この任務は内密にな」

「承知いたしました、陛下」



バラモンの異変にいち早くお気づきになられた陛下は、そう私に命令を下された。

私はこの時、人間で言えばちょうど成人になったぐらいだった。

しかし、いつの間にか大人を差し置いて陛下の右翼となっていた。陛下は私の祖父で、父親はすでに他界してしまった。一度はその席を明け渡した陛下だったが、再びその王座に座ることとなった。


私は子供ながらにその任務の重大さを認識し、不安と緊張を携えて人間界へと赴いた。

期間は一月。使い魔はまだまだ未熟だったため、魔界に置いてきた。寂しそうに私の頬を舐めていた子犬。

その小さな頭を撫でてあげてから、陛下の使い魔に預けた。きっと、稽古をつけてくれるだろう。そうなれば、また人間界に来る用事があったときに問題なく連れて行ける。

人間界は、危険だ。天使に私の子犬が狙われるのは堪えられなかった。私自身が狙われるのは仕方ないが、なぜ使い魔までもが狙われてしまうのか理解できなかった。


あんなに可愛いのに。



「あそこか……」



魔界とは一変して、明るい人間界。目を細目ながら目的地を目指していると、目の前には大きな城と城下町が見えてきた。


あそこが、バドランの首都。最近、不穏な空気を漂わせているバラモンがいる街。

不穏とは、私たち悪魔に隠れてこそこそと何かを目論んでいるのではないか、という憶測で、その憶測を確信に変えるために私は送られた。

だが、あまり確信に変えたくない。



「お待ちしておりました、シオン殿」

「私はあなた方を監督しに来た身ですが、普段通りにしていてください。ですが、おかしな部分があれば直ちに報告させていただきます」

「わかっております」



城門から一歩足を踏み入れれば、バラモンが一人、私を案内してくれた。私の部屋はここだの、食事はいつだのという事務的な案内だけだった。

私はバラモンの結界に少々身体の気だるさを感じていたが、それにすぐに馴れなければならない。


私は部屋に荷物一式を置いて、新鮮な空気を吸うために窓を開けた。

人間界の空気はなんて澄んでいるのだろうか。魔界の空気はどこかどんよりとしていてよそよそしいが、ここの空気は包容力がある。

全てを受け入れるような、そんな温かさ。


太陽がさんさんと城下町を照らし、城の中庭にまで日光が差していた。眼下に広がる情景に、私は一目で心を奪われた。

が、私の任務は人間界の観光ではない。


現実に目を向けて、どんなに些細なことも見逃してはならない。



「ふう……」



私はため息を吐いて、冷静になろうとカーテンを閉めた。


ーーーーー
ーーー



一週間程経ったが、収穫はゼロ。

バラモンも警戒しているのか、必要以上の接触はないし、まず話すこともない。

バラモンのリーダーのような者にも会わせてもらえず、私はバカにされているのだと悟った。まだ若い私はやつらにとっては脅威ではないのかもしれない。


それなら、あいつらの邪魔をしてみよう。


私は誰にも告げずに、外に出た。

城壁を難なく越えて城下町へと繰り出す。


結界が無くなり、身体に負荷が掛からなくなった私は、自由気ままにぶらぶらと散策した。

天使も悪魔も人間も入り交じる商店街。

ちらほらと使い魔も見受けられ、それぞれが上手くやっているのだと感心した。はたから見ればごくありふれた日常。

しかし、裏を返せば隣を歩いている人は悪魔、店で声を張り上げている人は天使、さらには両親の間で両手を繋いでいるハーフの子供。

日常は、奇跡の積み重ねによって構成されている。


この日常をバラモンによって壊されてたまるか。

私は人知れず、そんな想いを募らせた。



「……」



だがやはり、私は悪魔。

狙って来る輩が現れても仕方ない。


相手は天使と人間のハーフの子供。女の子か?殺気が凄いな。


私は人の合間を縫うようにして進み、尾行を振り切って与えられた部屋へと戻った。

バラモンは私が帰って来ても何も言わなかったが、勝手にいなくなったことで何かしら焦ったに違いない。


私はそれ以来、バラモンに事あるごとに話しかけられるようになった。まあ、子供や若い者ばかりだったが。



「魔界はどんなところですか?」

「悪魔って怖いの?」

「バラモンの儀式って?」



いつの間にか囲まれてしまい、私は自由にさせてもらえなかった。やつらも考えたな。

私は断れない性格なだけに、質問に一つ一つ答えることしかできなかった。それはそれで楽しいのだが、これでは身動きが取れない。

仕方ないから、適当な理由をつけて質問攻めから逃げた。後ろからえー、と言った残念そうな声が聞こえてきたが無視する。


あとの一週間、どうすればいいのだろうか。


私は焦っていた。


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