*Promise*~約束~【完】
宛もなく彷徨いていると、様々な気配を察知して立ち止まった。
北の方向から、天使の気配がたくさん感じられる。悪魔も僅かに感じられた。
なんだ?
私は不思議に思ってそちらに向かったが、いきなり硬い何かにぶつかって弾き飛ばされた。どうやら結界がここにも張ってあるらしいけど、純天使の仕業だな。
もっと大人だったら、こんなの容易いのに。
ここになぜこんな結界があるのかはわからないが、この向こうにいるであろう一番気配の強い天使の結界だということはわかった。
私は争いを避けるためにここから先からは身を引くことにした。
また歩き続けていると、中庭に出た。
花や緑が彩(いろど)り豊かで、微かに香る良い匂い。
隅にあるベンチに座って、ぼーっと中庭を眺めた。
水をあげたばかりなのだろうか、キラキラと太陽の光を反射して輝いていた。
色彩が豊富なことにまたもや感心しつつも、別の方に意識が持って行かれていた。
また、あの気配だ。その茂みのところ。
城下町に行ったときに尾行された、あの気配。
私が出方を待っていると、ついに殺気が強くなった。いよいよ、引き金を引くつもりなのだろう。
私はそれを察知して、瞬時に近くにあった園芸用の小さなスコップを手にした。ちょうど金属のところにカキーンと弾が当たる。
なるほど、銃声は最小限にまで抑えられるように改造されていたか。
相手は私の予想外の行動に怯んだのか、それ以上は撃ってこなかった。
私はそれにお構い無しにずんずんと近づいて、彼女の腕を引っ張りあげた。茂みからその姿が露になる。
「……っ!」
女の子は私の顔を見て怖がりながらも睨み付けてきた。銃をその手からひったくり、足で踏みつける。
それに見向きもしないで、女の子は綺麗な瞳を鋭くさせているだけだった。どうやら、殺されるのを覚悟しているようだった。
しかし、私はハーフの子供を殺すためにここに来たのではない。
私は彼女に生きる道を与えた。彼女をバラモンに引き渡した。きっと、刑務所行きだろうが死にはしない。
そして、私の人間界滞在記はここで幕を閉じた。残念がるべきか喜ぶべきか、バラモンの素性を知ることはできなかった。
あっという間の一月だったが、私は人間界の素晴らしさをその身に刻みこむことができた。
「人間界は良かったろ?」
「はい。また行きたいと切に思いました」
「そうだろうそうだろう。機会があればまた行ってきなさい」
「ありがとうございます!」
陛下は無類の人間界好きで、そのお気持ちを痛い程に知ることのできる体験だった。
あと、忘れられないことがもう一つ。
あの、ハーフの女の子が気になった。女の子と言っても、少女とも女性ともつかない曖昧な年に見えた。
また、会いたい。
芯の強そうな瞳を正面からぶつけられたのにも関わらず、また見たいとは私も物好きだな。
確かに女性は大切にするべき存在だ。女性がいなければ生命は途絶える。
あの子の大人になった姿を見たいと思うのは、おかしいだろうか。
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ーーー
ー
「いや、どう見たって変態だろそりゃ。それにロリコン入ってる」
「……ですかね」
「しっかし、あんときの気配がおまえだったとはな。急いで結界を張って良かったよ」
「前半はそっくりそのままお返しします。まさかあなただったとは」
「今回の二回目の訪問には対処できなかったがな」
嫌みを含まれて言われ、私は苦笑するしかなかった。
ガイルさんに呼ばれ酒を勧められたが断った。さっきもエリーゼさんに付き合ったばかりだったから。
すると、断ったお礼になんか話せ、と言われて困ったものの、ほろ酔い気分でいつの間にかこんな話をさせられていた。
ガイルさんは何も言わずに飲んでいたのに、話し終えれば変態だ、ロリコンだなどとしっかりとした口調で言った。
……地味に落ち込む。
「それで、呼んだ理由はなんですか?」
「バラモンとおまえらの関係だよ。天使側はそれを知らない。おまえの話にも出てきた"儀式"が気になる」
「ああ、それですか」
「話してくれる気はあるか?」
「下手(したて)からの物言いの珍しいあなたに免じて、教えて差し上げましょうか」
「おまえな……」
「黙ってくださいません?」
「……チッ」
ガイルさんは苦虫を噛み潰したような顔で舌打ちをすると、お酒の入ったグラスを回し始めた。
飲むならさっさと飲めばいいのに。
私はまたさっきみたいにグラスを奪い取ってやろうか、と思ったが止めた。
本当に殺されかねない。
「そうですねえ……」
私は言葉を探しながら丁寧に説明した。