*Promise*~約束~【完】


「……なんか、なあ」

「その気持ちわかります。何と言ってよいのやら、といった感じですよね」

「こうなると、やっぱ悪いのはバラモンなのか?もとを正せば悪魔が発端だが、それはちょっとした起爆剤に過ぎねぇし」

「バラモンは、とにかくわからないことだらけです。明日でその全てを知ることができれば良いのですが」

「ま、話してくれてありがとな。おまえもさっさと寝ろよ」

「ええ」



私の返事を待たずにガイルさんは立ち上がると、ボトルとグラスを持って歩いて行った。

ポツンと残された私も立ち上がり、用意されている部屋へと向かう。今夜はやけに静かで、嵐の前の静けさでないことを祈った。


魔界と同じような、月。


しかし、魔界の月はそのものが光っているが、人間界の月は太陽の光を反射して光を放っているように見えるという。

確かに、あの月は白っぽいほのかな光でこの場を照らしている。でも、この光は太陽の光。


見えているものだけが全てではない。


そんな考えが浮かんで、私は思わずはたと立ち止まってしまった。

あの月のように、バラモンには隠された何かがある。それは、目に見えないものなのだろうか。

野望や欲望は目に見えない。しかし、目に見えないものに私たちは執着する。


目に見えないからこそ、その価値は高くもなり低くもなる。


私たちにとってはどうでもいいことでも、バラモンにとってはかなり価値のあるものなのかもしれない。まさか、何か見落としていることがあるのか?


バラモンは地位を求めている、と勝手に思っているが、それは果たして合っているのだろうか。


私は悶々とあらゆる可能性を考えながら、また歩みを進めた。

月光による私の淡い影は、置いていかれまいと私の足元にすがりついているようだった。


ーーーーー
ーーー



~リオside~


「初日公演の成功を祝しまして、かんぱーい!」

「「「かんぱーい!!」」」



それぞれのグラスを周りの人のそれとカチンと合わせあって、ごくりと一口飲む。

プハーッ、とどこからともなく声が溢れ出す。



「じゃんじゃん食べて飲んで、明日に備えよーう!」



すでにほろ酔い気分のピーターが私の隣に座ってきた。長椅子だから距離が近い。

私はうん、と返事をして目の前にあるポテトを一つ摘まんだ。ケチャップを付けてぱくりと食べる。


うむ、我ながら良い塩加減だ。


調理担当の私は、このポテトとチキンを揚げたものとコンソメスープを作った。他にもまだ料理はあるけど、たくさんありすぎるから割愛する。



「お疲れさ~ん」

「お疲れ様」



ピーターに乾杯するように動作で誘われ、カチンと合わせた。ピーターは甘そうな色のお酒を一気に飲み干すと、テーブルと上に置いた。

そして、ふう、と息を吐く。


ピーターは四つの公演全てに出ていたから、疲れていて同然だ。ふとしたときの表情には疲労が見え隠れしている。

大丈夫?と声をかければ、

へーきへーき、と手をひらひらとさせた。



「ピーターさん、お疲れ様でぇ~す」

「一緒に飲みましょ~?」

「ほら、空じゃないですかぁ?」

「あー、ありがと」



後ろから甘ったるい声が聞こえてきたと思ったら、退団したはずの女性三人組がいた。

私たちの目の前の空いている椅子に、ずらりと並んで座る。

その内の一人がピーターにお酌をした。



「君たちには感謝してるよ。応援に戻って来てくれたんだね。でもごめんね、リハーサル通りにやらないといけないから出させてあげられなくて」

「ピーターさんが謝ることじゃないですよう。こうなるってわかってましたから~」

「なのでお気遣いなくぅ~」

「それで、新入りのこの子はどうですか?団長にスカウトされた後気になってたんですよ~」



語尾がだらしなく伸びている彼女たちは次々にそう言うと、最後の一人は私の話題に入った。

レオの店から団長さんに引っ張られてたときはニコニコしてたくせに、わざわざ気にしてくれるとは。

皆のあのニコニコ顔は今でも脳裏に焼き付いてるんだからねっ。


と、実は根に持ちながらも平然を装ってピーターを見た。



「リオ?リオは優秀だよ。料理も上手いし、何より全てに全力だから抜かりがないよね」

「あたしたちとは正反対じゃん」

「妬けるわ~」

「そ、そんなことないです……」



冗談とも本気とも取れるようなその睨み付ける瞳に居たたまれなくなって、私は俯いた。

ほら、いじめない、とピーターが助け船を出すと、

ピーターさん庇うのお?つまんないなぁ。他のとこ行こうよ。

と言い始めてどこかに消えてしまった。

私はほっとして顔を上げる。



「なんかごめんね」

「全然!ピーターのせいじゃないよ」

「良かった、俯いてるから心配したよ」

「え、ちょ、近いって」

「近くなーい近くなーい」



ピーターはにこやかに笑っているが、なぜか目と鼻の先に彼の顔があった。

慌てて身体を遠ざければあはは、と朗らかに笑うもんだから呆れた。からかわないでよ、と反論すると、

からかってないよ。

とピーターは真剣な表情で言った。


え?何?



「僕はいつも真面目だよ。真面目にピエロをやって、真面目に指示を出して……だけど、こんな姿受け入れてもらえないってわかってる」

「???」



一瞬ドキッとしてしまったが、どうやら違う話みたいで胸を撫で下ろす。

告白染みたことを言われて思わず指輪を握りしめてしまったけど、なんか不安を抱えているのだろうか、ピーターはその後も続ける。



「僕の家系って由緒正しいみたいなんだ。でも、そう言う堅苦しいのは嫌いでさ。もっと自由に生きたくてこの道を選んだから、もうずっと親父の顔を見てないんだ……半分家出みたいなもんだから、なんか会いづらくて。でも、老い先短いみたいなことを聞いてさ、会った方がいいのかなって思ってるんだけど……これがねぇ」

「会えばいいじゃん」

「そんな簡単に言わないでよ。人が真剣に悩んでるのに」

「悩む必要なんてあるの?会うか会わないかで」

「あるでしょ!だって、頑固な父親がでーんと待ち構えてて、バカ息子が!って怒鳴られるのがオチなのわかってるし」

「それは、親の愛だよ」

「ちょっとリオちゃん、どうしちゃったの?」



ピーターに肩を揺さぶられたけど、私はそれをもろともせずに彼の顔に振り向く。

彼が泣きそうな顔をしてて、よっぽど悩んでいるのだと悟ったけれど、そんなのは関係ない。


私が思ったことを告げるまでだ。



「私はね、お父さんがどこにいるか知らないんだ。まあ、生き別れってやつ?私のお父さんも頑固でね、山に行くだけでもダメだ、の一点張りで嫌になったことはたくさんあった。でも、それ以上にその山は危険なところで、お父さんは私を護るためにキツく言ってたんだって、今では染々と思うよ」



山に薬草さえ採りに行かせてもらえず、勝手に登って採った。そのときに初めてライナットに会って助けてもらったわけだけど、帰ったら服の汚れようと、手に持っていた薬草であえなくバレてしまった。

怒られる、とビクビクしながら目の前にいるお父さんを見ないで俯いていると、低いけどどこか優しい声で聞いてきたんだ。



『怪我は?』

『……無いよ』

『そうか』



たったの、これだけだった。

怒鳴られることも、あり得ないけど叩かれたりぶたれたりとかも、そんなのは一切無かった。

ただ、ポンと私の頭の上に手を置いただけだった。

顔を上げた頃には、涙でぼんやりとしたお父さんの背中しか見えなかったけど、でも、その背中は安堵したように少し丸まってたように見えたよ。


親って、本当に心配してるときは本気で怒らないもんだよ。


だからさ、ピーターのお父さんだって怒鳴るって言うけど、それは愛の裏返しなんだと思うよ。私のお父さんの場合は怒鳴らなかったけど、子供を本当に心配してる親は、子供を見捨てない。

見捨ててないから、怒鳴ったり、喧嘩したり、仲直りしたり、笑い合ったり。


ね、会ってあげたら?


もし怒鳴られたって、いつも通りの調子で大好きーとか言って抱きついたら、きっとパニクってぽろっと何かを言葉にして溢すかもね。

バカ!止めなさい恥ずかしいから、とかね。

恥ずかしいってことは、気恥ずかしいってことで、決して嫌じゃないってこと。嫌だったら全力で振り払われちゃうだろうけど、大丈夫、そんなことにはならないから。

特に父親って素直じゃないから近寄り難いイメージが濃いけど、蓋を開けてみればそうでもないってわかるんだ。


だからね、親は無意味に怒鳴ることはないんだよ。


ねえピーター。自信持って、会いに行ってあげたら?


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