*Promise*~約束~【完】
「クソッ!んだよこれ!」
「ここは通れませんね」
「爆弾……のせいじゃないよね」
「明らかにバラモンの仕業でしょ。爆弾に見せかけた」
ガイルが先に怒鳴り、シオンが冷静に観察した後ルゥが悲しげに、そしてエリーゼが冷たい口調で結論を出した。
北の塔から抜けてパレスへ向かえば、あちらこちらの壁が崩れていてとても通れるような状態ではなかった。
瓦礫が足元に転がり、砂ぼこりがまだ僅かに宙を舞っている。
一見、爆弾の流れ弾のように見えなくもないが、こんな短時間でここまで攻められるわけがない。
「仕方ありません。回り道をいたしましょう」
「わざわざ、か?おまえわかってんだろ?」
「ええ。これは誘導でしかないことぐらいわかっておりますが、この道以外通れるところはありません。他にありますか?」
「ちょっとストーップ!こんなところでいがみあってないで先を急ごうよ!ホントに流れ弾来たらどうするの!」
二人の間で小さな火花が見えてきたところで、ルゥが無理したような明るい声で割って入った。
ガイルもシオンも大人げなかったと思ったのか、顔を背けてシオンが示した道を歩き出した。
ルゥはどこかほっとした表情になると、静かについて行く。それに他も続いた。
壁を僅かに揺るがす震動、どこからか吹き抜ける生暖かい風。
それらが、彼らを包み込んで逃がさない。
その気持ち悪さに発車がかかり、ルゥが今にも口元に手を当てそうになったとき、前を歩いていたガイルが手を挙げた。それに合わせて後ろもピタリと歩みを止める。
ルゥの吐き気も同時にどこかに引っ込んでしまった。
身を屈めて周囲を警戒していると、どこからかくしゃみが聞こえた。
ガイルが振り向くが、皆は首を横に振っている。
となると、くしゃみをしたのはガイルが警戒している人物ということになるが、くしゃみをした時点で相手はバラモンではない。
「おい!誰かいるんだろ!」
ガイルが代表して、曲がり角から顔を出し威嚇するような声を出せば走り寄って来る靴音が近づいてきた。
そして、その主たちは曲がり角からぬっと現れて驚いた顔をした。
「ライナット!無事だったんだな」
「ライアンお兄様とアレックスお兄様ではありませんか!」
「おお、ライナットか」
先に現れたのは紛れもなく第二王子のライアンで、続いて現れたのは第一王子のアレックスだった。
だが、くしゃみをしたのはいったい……?
「……っくしゅ!」
「アレックス大丈夫?」
「問題ない……」
鼻をズビッと啜ってからアレックスは平然とした態度で答えた。
しかし、涙目で言われてもまったく説得力が足りない。
「アレックスは極度のアレルギーでね、埃がダメなんだ」
「なんとも情けない次第だ……」
「まあ、こんなところで話してても時間の無駄だし行こうよ」
「ところで、護衛はどうしましたか?」
ライアンに促されてしばらく歩いてから、ライナットは横に並んで彼に訪ねた。
自分にはこんなに部下がいるというのに、二人には一人も護衛がついていない。
それはおかしなことだった。
ライアンはそれに少し眉尻を下げて答える。
「それがね、ガナラが攻めて来たって皆召集されちゃったんだよ。メイドも兵士も全員……その直後にいきなり壁が崩れるような音が響いて、部屋から出たらこんな状態だった」
「なぜ、二人が一緒に?」
「アレックスを一人にするのは危険な気がして僕が迎えに行ったんだよ。そしたら案の定、埃がたくさんあるから出たくないって言っててさ。死にたいの?って脅したら渋々出てくれたけど」
「……賢明な判断ですね」
「そう?」
前を歩いている大きな背中を見ながらライナットが呆れたように言えば、ライアンは僅かに微笑んで首を傾げた。
しかし、ライナットは驚いていた。ここまでライアンに言葉通り行動力があるとは思ってもいなかった。
もしかしたら、彼は見た目に反して頭がキレる男なのかもしれない。
「でも、君は部下がたくさんいるね」
「北まではその召集は来なかったみたいなので」
「そうかな?それを突っぱねてまで君について来たのかもしれないよ」
「そんなことは……」
「あるんじゃない?彼女の反応は実に素直だね。そう言うの嫌いじゃないよ」
女子を悩殺させられるようなキラースマイルをエリーゼに向けてライアンは言った。
エリーゼはひきつった顔でライアンを見ている。こんなエリーゼ初めて見たな、とルゥはライアンの笑みに寒気を覚えた。
絶対に、敵に回したくない。
「……エリーゼ答えろ。本当か?」
「は、い……その召集を聞いて知り、ライナット様にご報告させていただきました……その直後に爆弾が投下されました」
「ルゥ、おまえは召集を知っていたのか?」
「うん……騙すつもりはなかったんだけどね。結果的にそうなっちゃった」
「ダースは?」
「俺が召集を受けて皆に流したんだが……どうやら伝言ゲームは失敗したらしいなあ。おかしいなあ」
「……ハルは?」
「僕は待機してたんですけど、ガイルにライナット様が呼んでるって聞いて飛び出して来ました」
「……ガイル」
「私はライナット様のお側を離れるつもりは微塵もありませんので」
「新参者の私が皆様の意見を聞いて感じたことと言えば……ライナット様、あなたが一番だと言うことでしょうか」
「だから、誰の命も一番ではないと言ったはずだ」
シオンがその言葉にため息を見せると、ライナットはあからさまに眉間にしわを寄せた。
ライアンはにこにことしながら事の成り行きを見守っている。
「無礼を承知でしたが、皆様とは一言二言会話いたしました。そのときに共通の質問をさせていただきました。その質問というのが、『主が無茶をするとわかっているとき、あなたはそれを止めますか?』というものです。それに共通の答えが返されて驚きましたよ」
シオンはクスクスと笑いながら説明した。
周りの顔を見れば目線を合わせて、同じ事言ったのかよ!という気持ち半分、お互いにしょうがないよね、という気持ち半分の顔をし合っていた。
ライナットが意図が読み取れずにまたシオンに顔を向けると、面白そうな、楽しそうな笑みと口調で告げられる。
「『ライナット様の味方だから、従うまでだ』というのが、皆様のお答えでした。言い方は多少違えど、内容は全く一緒でしたよ?良い部下をお持ちになられましたね」
「……おまえら」
「だってー、俺たち城に仕えてるわけでも王に仕えてるわけでもないし。なあ?」
「あくまで、私たちはライナット様に拾われた身。その身をライナット様に捧げなくて誰に捧げられるのです?」
ルゥとエリーゼの言葉にライナットは胸が一杯になったが、それをおくびにも出さずに装う。
しかし、部下にはすでにそんなことはお見通しだった。
その様子をライアンは暖かい眼差しで見ていたが、その瞳にはある決意が芽生えたようだった。
「僕も……宣言するよ。君たちに隠しているのがなんだか恥ずかしくなってきたから」
「何をですか……?」
「ん?んー……怒らないで聞いてね?今まで黙ってて悪かったけど」
また崩れた壁を前にして立ち往生しているときに、ライアンは右と左に分かれた廊下の右側に立ってからそう言った。
その先は部屋がいくつか並んだ後、行き止まりになっている。
そちらに身体を向けて、背中だけで告げた。
「僕の母さん、バラモンなんだ。いや、普通の人間なんだけど、バラモンの儀式は失敗だったんだ。でも記憶はそのまま残ってて、もう一度儀式をしたら成功した。
そんな中途半端な異端者になっちゃって、バラモンに属させてもらえず普通の生活もできない……だから、父さんの妃になって皆を見返してやろうって言ってた。自分は正真正銘バラモンなんだ、って……それで、この間言ってたんだ」
ライアンの会話が途切れて、怖いぐらいの沈黙が続いた後にアレックスが堪えられずくしゃみをした。
一斉に睨まれてアレックスは恐縮したが、ライアンはそれをきっかけに口火を切った。
「『ようやく、私の念願が叶う』……ってね。それと今日の出来事を重ねると、もう、わかるよね?」
ライアンは今にも泣きそうな顔で振り向くと、掠れた声で静かに叫んだ。
「これ、全部僕の母さんのせいなんだよ……!」