*Promise*~約束~【完】
「おまえのせいで取り逃がした……」
「私のせいなの?!」
「二人ともいい加減にしろ!ここは崩れる」
「……出口は完全に見失いましたね」
前も後ろも同じ風景。
そして、軋むような音と共に壁も床も崩れているのが見える。カタリナの結界同様、透明な欠片がキラキラと見え隠れする。
徐々に追い詰められて四人で中央に固まる。端はすぐそこまで迫っていた。
「あんたたち飛べるんでしょ?なんとかしなさい!」
「無理です。長時間飛んでいたら体力が持ちません」
「役立たず!」
「シオンに当たっても仕方ないだろーが。第一、出口が無いんじゃどうしようもない」
「あんたは何か策あるんでしょうね?」
「無いよ。あっても教えないかもね」
「ふざけないでよ!」
ペロリと舌を出されて頭に来るが、あまり動いてしまってはここも真っ先に崩れかけない。
掴みかかりたい衝動を抑えて握り締めた拳をため息と共に開いた。冷静に冷静に。
そして、前を向いた瞬間、バリン!と壁が崩壊した。
いよいよここもお仕舞いか……と思った矢先、どうやら自然に割れたようではなかった。
「あれって……」
「助かりました!魔王様の使い魔です!」
「あれが?!でも、この気配は……ムギなの?」
「はい。リオさんにくっついて来たんでしょう」
頭上を旋回しているヒョウのような黒い生き物。
それは、ムギだった。
しなやかな身体についた黒い翼を巧みに操り、音もなく四人に近づけば、背中に乗れ、と左右色違いの瞳を瞬かせる。
シオンとガイルはムギが作った出口まで飛ぶことができるが、エリーゼとライナットは飛べないためムギの背中に乗るしかなかった。
エリーゼはふわふわな毛皮の首にしがみつこうとしたが、ライナットに先を越されてしまった。不本意だが、変貌してしまった彼の背中にしがみつくしかない。
「いいねえ、女の身体は」
「……後で覚えておきなさいよ」
「ハハッ!そんときはおまえの主に戻ってるだろうさ」
「~~っ!!ホント覚えておきなさいよね!」
「わーかったから、振り落とされるなよ」
「言われなくても!」
そんな二人を恨めしそうに見ていたシオンだが、ガイルの視線に気付き咳払いを一つすると、ムギに続いてこの空間から出た。
途端にむあっと広がる埃臭さ。思わずむせてガイルは悪態をついた。
「ゲホゲホゲホッ!うえ、クソマジい」
「皆さん!無事でしたか?」
「無事じゃないわ……リオがカタリナに拐われた」
ハルだけが残って監視していたらしく、ルゥもダースもいなくなっていた。アレックスとライアンはすでに避難したという。
エリーゼが二人の所在を聞いたところ、ルゥもダースも街に降りたという。確かに、人が傷つくのが我慢できそうにない二人だった。
だがそれはハルも同じだったのだが、残って状況を説明できる者が残らないとということになり、ハルが立候補した。
なにせ、二人は駆け出した後にそのことを切り出し、空気を呼んでハルが残るしか道がなかったのだ。
二人に悪気はないだろうが、ハルがずっとふて腐れていたのは少し前の事だ。
「ガナラの進行状況はどうだ」
「遅々として進んでないって感じです。まあ、あれだけぶっ壊してたら道が塞がるのは予想できますがね」
「ここにいた兵士が食い止めてるんじゃないの?」
「あまり期待できませんよ。実践経験なんて皆無に近いでしょうし」
いつの間にか戻ったライナットが聞けば、どうやら戦場は平行線上にとどまっているらしく、ここまで到達するにはまだまだ時間がかかるということだった。
こちらまで来てほしくはないが、時間があるのはありがたい。
「王子二人はのこのこと逃げましたよ。きっと、サーカスのテントに向かったのでしょうね」
「ライアンはなんだか男前になったと思ったけど、そうでもなかったみたいね」
その衝撃的な言葉にシオンは心を打たれたが、ガイルの視線に気付き咳払いを一つする。
いけないいけない、まだ終わっていないのだから。
「リオさんはどこに?」
「こっちには出てませんよ」
「きっと、争いに巻き込まれたくないから反対方向じゃねえか?いや、もしかしたら国境の山脈にいるかもしれねえ。敢えてそっちもあり得るよな」
「二手に分かれましょう。ガイルさんとライナット様とムギ様は山脈に、私とエリーゼさんとハルさんはその逆に向かいます」
「猫がライナット様の護衛なんですか?」
「ええ、彼は優秀な護衛ですよ」
ハルが首を捻れば、シオンは自慢げに頷いた。
当のムギはというと、空気が汚いのかくしゃみを一つして入念にひげを綺麗にしている。
ここは動物には悪い環境のようだ。
「遠いところに逃げる前に、さっさと追うぞ」
「はい。ライナット様、どうかご無事で」
「ああ」
エリーゼが一言ライナットに声を掛ければ、彼は手を挙げて答えた後に先に出発した。
そんな彼にシオンは疑問が湧いた。城の階段を駆け降りながらエリーゼに聞く。
「そういえば、なぜ彼は、あんなに行動できるのですか?……王子ならもっと、護衛に、任せるでしょう?」
「ライナット様はね、ああ見えて、考えるよりも先に、身体が動くのよ」
「なる、ほど……だから躊躇することなく、先頭を行けるのですね……」
「だから、私たちはついて行くのよ」
「時々、おいてけぼりにされたような、気分に陥りますよ」
ハルに付け足されてシオンは苦笑した。確かにあんな主では僕(しもべ)はさぞ大変だろう。
魔王も、時々突拍子もないことを言うことがあって度々呆れられることがある。
人間界に行きたい、だの、ケルベロスを倒してくる、だの……
ケルベロスを倒してくれるのは有りがたいが、どちらも危険すぎる。人間界に魔王が現れたとなれば大天使が黙ってはいないだろう。
だが、その寛大な気質ゆえ、尊敬する者は少なくない。包容力があり、どんな意見にも耳を傾ける。だからちゃんと人間界のことも天使のことも考えている。
それが伝わらないのは悲しいが、本人は仕方ない、と受け入れていた。その器量を見習いたい、とシオンは密かに切に思っている。
亡くなった父親の分まで、自分は良い悪魔でいなければ。
「でも、カタリナの力はリオに、押さえ込まれてたんじゃなかったの?そんな言い方だった、わよね」
「そうですね……リオさんの心に、ブレが生じた、のかもしれません。助けたい、とか、悪い人ではない、とか」
「……まさにそれね。完全に悪者だと、認識しないと、ダメだったのかしらね」
「最初のうちは知らない人で、警戒心があったのかもしれませんが……まあ、なぜ力を使えたのか、はもう関係ないでしょう」
「今は、奪還するのみよ」
二度目の誘拐に頭を悩ませる。リオはリリスにされたときに良い思い出はない。
それが物凄く不安だった。
あのあとの狼狽っぷりは見ているこっちが苦しくなるほどの空元気で、その笑顔の裏にはどれだけの不安や恐怖があっただろうかと心配だった。
それがまた、再発している。
「ところで、今向かっている方向には、何があるのですか?あちらは、山でしたよね?」
「川があるわ。そこにサーカスはキャンプ場を、作っているでしょうね。王子二人も、そこに向かったはずよ」
「では、こちらは外れですね。わざわざ人のいる、ところに移動するとは思えません」
「いいのよ、外れで。ライナット様も乗り越えないといけない、試練があるの」
「手厳しいですね」
「もうそろそろ、終わりが近いのかもしれないわ」
エリーゼの言葉にハルは俯いた。
その様子を見てシオンはぼんやりとだが、エリーゼの言っていた言葉の意味を悟った。
(因縁と立ち向かうために集められた部下たち……それが終われば用済みとなってしまう)
シオンはもうそのことには触れないように、黙ってエリーゼとハルについて行った。