*Promise*~約束~【完】

経緯



「ここって……」

「あなたの故郷近くよ」

「知ってるよ、だって見えるし」



転送された先……リオは地面に足がついた感覚がして目を開ければ、そこは何度目かの場所だった。

未だに焼けた廃屋が残る農村。

足元には滝壺が見える。


そう、ここは以前ライナットに助けてもらったあの場所だった。



「なんでここなの?」



元の姿……いや、若返っているカタリナに声をかければ鼻で笑われた。

しかし、カタリナが意味もなくここを選ぶとは思っていないリオは気にせずにまた聞く。



「私の心を読んだとか?」

「私にそんな能力はないし、見ようとも思わないわ。ここは私たちの縁の地なだけ」

「縁の地……?私は、ここでライナットに初めて会ったんだ。ここから落ちそうになったときに助けてもらったんだ」

「あなた、自分の今の状況をおわかり?喉には刃物が突きつけられているのよ?」

「わかってるよ。助けが来るってことも」

「助けが来たとしても、あなたはここから突き落とされるだけよ。余裕でいられるのも今のうちね」



クスッという笑みを残してカタリナは言った。

冬の冷たい風がさあーっと吹き抜け、リオの戻った髪や周辺の木々を撫でる。



「そう言えば、うるさくないね」

「ガナラの軍隊が鎮圧されたのよ。でも時間稼ぎのためだから私には関係ないわ」

「ガナラにバドランは悪者だってデマを流し、戦闘準備を整えさせ、一触即発の近況に持ち込みそこに火種を落とす……その火種は何?」

「あなたに教える義理はないわ。どうせ死ぬもの」

「じゃあ質問変えよ……どうしてこんなことするの?"どうせ"死ぬんだから知りたいな」

「……」



リオが淡々と話す中、どうせ、と強調したところでカタリナは口をつぐんだ。

辺りは静寂に包まれ、お互いの息しか聞こえない。

鳥もいない、動物もいない、花も咲いていない。


だけど、傾き始めた太陽だけはそこにいた。



「あなた、自分の母親のこと覚えてる?」

「どっちの?」

「二番目よ」

「うーん……少しだけかな。お墓には話しかけたり掃除してあげたりするけど、はっきり言って面影も曖昧」

「あの子の名前はロゼ。私と同じ年だった」

「知ってるの?」



リオはなぜか話し出すようになったカタリナに不振を抱きつつも、驚きの新事実に乗ることにした。

第一、自分が一番知りたい。


カタリナは刃物はそのままに、どこか遠くを見るような目付きで語り始める。



「出逢いはここよ。みすぼらしかった私が朦朧とした意識で探り当てた水……それがこの川。周りなんか気にする暇もないくらい必死に飲んでてふと水面に映された顔……それが彼女だった」


ーーーーー
ーーー



少女時代の自分が出逢ったのは、元気や未来への希望に満ち溢れた見たこともない女の子。

自分とは正反対の待遇にある彼女は、ただじーっと見てくるだけだった。居たたまれなくなって顔を立ち上がれば彼女は叫んだ。



「痛そうその傷!見せて?」



薄い洋服から見えた足は、これまでの山道の植物で傷ついたかすり傷が無数にあった。

カタリナは無視をしてここから早く立ち去ろうと一歩踏み出したものの、目眩と頭痛が起こり立っていられなくなった。

こめかみを押さえながらしゃがみこめば、すぐにロゼはやってきて声をかけてきた。



「ちょっと待ってて!」



わざわざカタリナの近くまで来てからそう言えば、脱兎の如く駆け出して行った。

放っておけばいいのに……

カタリナはその行動の理由が理解できずにひたすら襲ってくる痛みに堪えていれば、まもなくしてロゼが戻って来た。



「これ、食べて?苦いけど我慢してね」



ロゼの見せた手のひらには小さな赤い実が乗っていた。見た目は甘そうだが、本人が言うには苦いという。

空腹からか、それを引ったくって口に含めば最初は酸っぱかったものの、噛めば噛むほど苦くなっていった。



「うぐええええ……」



カタリナは堪らず吐いた。這った格好のまま川の水を一心不乱に飲む。

ロゼはその隙に磨り潰した草をカタリナの傷に塗り始めた。本当はかなり滲みるはずだが、そのときのカタリナにとっては痛くも痒くもなかった。


カタリナが落ち着いてきた頃、ロゼの作業も終わって二人して深く息を吐いた。



「何、食わせたのよ……」

「毒に良く効く木の実だよ!この擦り傷を作った植物には毒があったんだよ!頭痛とか目眩とか……そのうち手足が痺れて痙攣して死んじゃってたかもしれなかったんだけど、気づけてよかった……」

「なんで……」



はきはきと答える彼女にカタリナはわなわなと震えながら叫んだ。



「なんで、死なせてくれなかったのよ!」



カタリナの悲鳴にロゼはびくっと肩を揺らしたが、急に笑いだした。

カタリナはそれを見て怒りを通り越して唖然とする。



「死にたかったの?そんな風には見えなかったな!確かにここは自殺には持って来いだけど、あなたは水飲んでたし、必死に生きてる感があったんだけど……」

「悪かったわね」

「生きてて善し悪しなんてあるの?そしたら私は悪いことしちゃったな……生かしたばかりに」



ロゼは自嘲気味に力なく笑うと、せっかくだからお名前は?と困ったような顔で聞いてきた。

その顔はダメ元で聞いているように見受けられて、カタリナはぼそっと仕方なく呟いた。



「……カタリナ」

「私はロゼだよ!でも、なんでこんなところにいるの?」



"バラモンなのに"


その一言でカタリナの人生は百八十度変わった。

ロゼは解毒のためにカタリナの足に擦り傷に薬草を塗っていたのだが、そのときにおかしな模様の痕がはだけた背中からちらっと見えた。

それは、バラモンであるという焼き印だった。


それから二人はちょくちょく会うようになり、いつしか二人とも子持ちになっていた。


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