*Promise*~約束~【完】
そのとき、ライナットの中の何かが切り替わった。
「……死ね」
「うふふ、やっとこのと……き……」
カタリナの目が驚愕で見開かれたと思えば、後ろに倒れて消えていった。
そして、カタリナの背後から現れたのはさっきまで彼女が持っていた短剣を持ったディンが立っていた。
切っ先には、赤い液体がべったりとこびり付いており、ディンも返り血を浴びていた。
やがて、水に何かが落ちた音が響いた。
「ディン?!おまえ、いつから……」
「わかんない……わかんないよ……勝手に身体が……」
「殺せ……全てを……」
ガイルがディンに声をかければ、怯えたような声が返ってきた。そして、ライナットは人が変わったような、瞳は焦点が合っておらず、しかし意志のこもった声色がその口から漏れ出す。
どうやら、ディンはライナットの言葉に反応しているらしい。
「……っ!なんで俺を襲うんだよ!」
「だから、わからないんだってば!」
ディンは泣き叫ぶように答えた。ガイルはいきなり襲ってきたディンの攻撃を避けている。
下手に反撃ができずにガイルはされるがままに避けていると、いきなりムギが飛び出してきた。
その瞬間、ディンの身体の動きがぴたりと止まった。
「止まった……?」
「その猫、使い魔?しかも強い……」
「魔王の猫らしいぜ」
「その猫を通じて、魔王の力が流れ込んで……うぐっ」
ディンは身体を押さえつけられたように膝から崩れ落ち、ドサッと地面に倒れた。
しかし、ライナットの命令はまだ効いているようで片腕は立ち上がろうと必死に抵抗している。
だが、ムギの前では動けない。
「リオ……」
ライナットは悲しげに呟くと、突然唸り声を上げ頭を抱えだした。
「ぐあああああああ!!!」
「ライナット様!」
丸めた背中から黒いオーラが漂い始め、やがて彼の全身を飲み込んだ。
それを阻止しようとガイルが近づこうとしたが、毒気が強すぎて近づけない。このオーラは天使にとっては炎と同じだった。
「……せっかく手に入れたのに、標的がいないんじゃ俺のこの気持ちはどうなるんだよ……」
「おまえ、ライナット様じゃないな?」
「ああ。さっきまで会ってただろ?……でも、俺も消える。復讐劇は不発に終わった……あとは、こいつ次第だ。こいつ次第で堕ちるか立て直すかが決まる。じゃあな」
ライナットの内にいた人格はふっと消えた。また彼から表情が消える。
だが、正体はわからなかったものの明らかに邪悪なやつがいなくなったにも関わらず、黒いオーラは消えなかった。
それどころか、さらに濃くなっている。
「リオ……」
「……ライナット様」
滝に落とされた。
それは、死を意味する。水に落ちる音を聞いた。それは紛れもない事実。
リオが生存している確率は低い。水温も冬の日没では生命に関わる。
「探しに行きたいが、目を離すわけには……」
「ぐあっ!かはっ!」
ガイルが何もできずに立ち尽くしていると、ライナットはさらに苦しそうに息を吐いた。
その直後に、黒いオーラが形を作り始めた。
それは、真っ黒な翼だった。
「まさか、探しに行く気か?!」
「……リオ」
「待ってください!ライナット様!」
人間界では飛べないガイルがライナットに手を伸ばすも空しく宙を掻き、不安定な翼のまま飛び立ってしまった。
彼がいたところではまだあの黒いオーラがくすぶっている。
「追いかけないと!何をするかわからないんだから!」
「おまえ、平気なのか?」
「俺の心配はいいから!早く追って!」
「ああ。言われなくとも」
ライナットの束縛が解けたのか、立て膝で座り込んでいるディンに目を向ければ急かすように責められた。
ガイルは頷いてみせると、ディンをムギに託して自身はライナットが飛んで行った方向に向かった。
その方向は、下流だった。
「最悪な事態になってなきゃいいけどな……」
ガイルは暗い顔で呟くと、黒いオーラの余韻を辿って走った。