*Promise*~約束~【完】

救出



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「リオ……リオ……」



ガイルがたどり着いたときには、悪魔の姿をしたライナットがリオを川辺で抱き抱えているところだった。

リオはぐったりと彼の腕に体重を乗せ、腕もだらりと垂れている。

その顔は髪に埋もれてわからないが、きっと……


その色からして、体温が低下しているのは一目瞭然だった。



「リオ……返事、してくれよ……!」



震えた声が静かに響く。そろそろ日が完全に沈もうとしているが、それがリオの終わりまでのタイムリミットに思えてならない。

悲痛な声がリオに降り注ぐが、それが届いている気配が感じられずにガイルは胸が張り裂けそうだった。

やっとできた生き甲斐。生涯護りたい人。


その人が腕の中にいれば嬉しいはずなのに、全然嬉しくない。むしろ、悲しい。



「死ぬな……!」

「ライナット様、失礼します」

「リオ!」

「まずは体内から水を出しましょう!」

「……ガ、イル……」

「早く!」



ライナットは怯えたようにガイルを見上げた。その瞳が紅くて息を飲んだが、名前を呼ばれてほっとした。自我はまだある。

ライナットは軽く頷くと、優しくリオの身体を横たえさせ髪の毛を指先で取り除くと、頭を固定するために頬に両手を添える。

そして、迷うことなく青くなった唇に自身のを押し付け何度も息を吹き入れた。


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何度、息を吹き込み胸を押したことだろうか。

息を吹き返す見込みがなく、ただ無情に時間だけが過ぎていく。

そして、ガイルは止めようか止めまいか口を開きかけては躊躇して閉じる、という行為を繰り返していた。

回復の兆しが芳しくないリオは、もう手遅れなのかもしれない。

そんな想いが、ガイルの心を占めていた。


しかし、諦めないライナット。そんな姿が儚く健気で思わず目を逸らしてしまった。

これ以上、見ていられない。



「ライナット様、もう、リオは……」



耐えきれずにそう言葉を紡ごうとした瞬間、リオは口から水を吐き出したかと思えば激しく咳き込み始めた。

ライナットはすかさず抱き上げうつ伏せにさせて背中を擦った。そして、苦しそうに喘いでいるリオを抱き締めると嗚咽を漏らし始めた。

すると、徐々にライナットの容姿は戻っていき、実体化した漆黒の翼が最後に消えて黒いオーラも消滅した。

ガイルはほっと胸を撫で下ろす。流石の彼も、こんな奇跡を想像していなかった。


冷水に流されて時間が経つというのに、死の淵から生還したのだ。



「ラ、イナ……ト……」

「喋るな……息をしていろ」



朦朧と視線をさ迷わせた後、リオはライナットの姿を認識して掠れる声で名前を呼んだ。

ライナットは震える声でやっとそう答えると、リオの髪に顔を埋めて固く抱き締め直した。

リオはライナットの体温と存在に安心したのか、すっと眠りについた。


心地よい寝息が聞こえてくる。



「ライナット様、リオはもう大丈夫でしょう」

「ああ……ガイル、すまない」

「何も謝ることはありません。確かにあなたは堕ちましたが、自らの意志を保ち続けた……むしろ喜ばしいことです」

「よせ。俺は負けたんだ……」



ライナットは自嘲気味に力なく笑えば、リオを背負い歩き出した。それに続いてガイルも歩く。

街に戻ろうと進んでいると、どこからかルゥが現れた。ずっと探していたのか、息は熱くなり白く、肩でぜえぜえと息をしていた。



「ライナット様!無事だったんだね!」

「ルゥか……心配かけたな」

「いつものことだよ」



ルゥはお茶らけたように答えるが、すぐに表情を引き締めると声を低くして話し始めた。

ガイルも近づいて顔を突きつけて話す。



「ライナット様、あなたは戻らないで」

「なぜだ?」

「……指名手配犯になってる」

「「は?」」



ライナットとガイルは二人して声を上げるが、ルゥはそれに構わず続ける。



「ほら、ディンがいるでしょ?たぶん、あいつのせいだよ。あいつが暴れてたのが目撃されてて、あとこれは俺たちも原因なんだけど……ライナット様の部下も街で兵士に見かけられたからそれが十分な証拠になっちゃったんだ」

「つまり、ライナット様は逆賊になってるってことか。ガナラの兵と部下を引き連れ今回のテロを起こしたと」

「それだけじゃないんだ……まずは謝る。勝手に皆を解放させてあげたよ」

「……いや、謝るな。それはしようとしていたことだ」

「たぶん皆サーカスのところで手伝ってると思うよ。そのあとはこっそり脱け出すと思う」



皆、というのはライナットの部下たちだ。もちろん、エリーゼやルゥ以外にも部下がいた。

しかし、その者たちをルゥは勝手に解放したという。それは後々行おうと思っていたことだから良かったのだが、ガイルが言った内容よりも現状は暗いらしい。



「それでね、長年やってきた脱獄……俺たちを解放してたことが公表されちゃって、今やライナット様は悪者扱いなんだ」

「それは!……ライナット様!」

「自業自得だ。いずれは持ち出されるだろうと覚悟していたことだ」

「しかし……」

「俺は、立派な犯罪者だ」

「犯罪者じゃないよ!俺たちは解放されて自由を得られてとっても幸せだよ!だって、ライナット様に会う前の自分なんてあんまり思い出せないもん」



ルゥが全否定すればライナットは宥めるように少し笑って口元に指を当てた。

リオが寝ている。

ルゥは申し訳なさそうに肩を落として声のトーンも落とした。



「ライナット様、どうする?このままエリーゼたちと合流してどっか逃げよう」

「逃げる宛も無いのにか?それに、合流するには人目は避けられないだろう」

「……俺を使えよ」

「ディン……!」



ガザガサと音がしたかと思えばディンが現れた。

二人を見比べればやはり似ていてルゥは敵視しようにも調子が狂う。



「俺はおまえの影武者だ……俺は殺されてもいい」

「何言ってんだよ」

「リオを陥れようとしてたんだ、会わせる顔なんてない。それに、俺が犠牲になってリオの未来が幸福に包まれるんなら俺は満足だよ」

「……」

「いいか、絶対にリオには言うなよ」

「あっ、待って!なんで行くんだよ!」



ルゥの制止も聞かずにディンは木々の闇夜に紛れてしまった。

これが最後なのかと思うけど、恬淡していてあまり実感がない。

でも、それが潔いというか、彼らしいような気がした。



「……行くぞ」

「にゃー……」

「あ、ムギじゃん……ん?それって」

「リオが作ったマフラーだな……探して来てくれたのか?」



にゃん、と一言鳴いて同意した。

ムギはディンのあとをついてきたのか毛並みが草で乱れていたが、それはマフラーを身体を張って護っていたからだろう。

それを受け取って、ガイルはリオの首に巻いてあげた。ライナットの体温だけでは限度があったため、保温ができればいいとマフラーを掛けたのだ。


これから、彼らは森の中を突き進む。

明るい未来を目指して……


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