*Promise*~約束~【完】



「やっぱり迷ったか」



仮眠を取ってから、リオは勇気を振り絞り部屋の外へと飛び出した。いい加減あの部屋にいるのも飽きてきたからだ。

本も無ければ動物とも会えない。手芸もできないし料理もできない。

とにかく、あそこはつまらなかった。


と、飛び出したのはいいが迷子になるのは目に見えていた。



「外に出なければ敷地から出ることはないわね」



リリスという王妃に狙われてしまう可能性があるため、出過ぎた行動は命取りになる。

しかし、長い廊下やいくつもの部屋。そして高い建物によって自分から迷子になってしまった。



「不覚……」

「案外庶民派なお姫さんだなーこりゃ」

「誰?!」

「おっと失敬。上から言うのは失礼だね」

「きゃっ」



後ろに誰かが降りてきたような気がして慌てて前によろければ、音もなく微風だけが彼女を覆った。

慌てて振り向けば、見知らぬ男が腰に手をあてて、さっきのエリーゼのように上から下までリオを眺めていた。

その視線に居たたまれなくなる。



「レディーに対して失礼じゃない?そんなに見ないでよ」

「気も強いようでいらっしゃる」

「馬鹿にしないでよ」

「してないしてない。思ったことを口にしたまでさ」



男は手を目の前で振った後、自己紹介をした。



「俺はルゥ。ライナット様の部下だよ」

「その部下様がなんで天井裏にいるわけ?」

「そこが俺の仕事場だからさ」

「仕事場?」

「俺はこの塔の監視役をしている」



茶色い目を細めてルゥは天井を指差した。

リオもそれにつられて天井を見上げる。


しかし、あることに思い当たり思いっきり汚い物を見るかのような視線を彼に向けた。



「なに?その目」

「……監視、ねぇ。私のことも監視してたんでしょ」

「部屋の中以外はね。プライベートなところは見てない」

「どうかしら」

「安心してよ。きみが迷子になってうろうろしながら一人言言ってるのを、裏でこそこそと笑ってただけだから」

「悪趣味ね」

「どうもありがとう」



ルゥは意地悪に笑いながら腰を曲げた。そのお礼の仕方にカチンと来る。

しかし、表情には出さずに受け流した。



「で、どこ向かってんの?」

「どこでもないわ。部屋が退屈になってきただけ」

「まあ確かに、迷子は退屈しないよな」

「また馬鹿にして!」

「十七歳と言っても、まだまだお子ちゃまだなあ。これぐらいで怒るなよ」

「……」

「ちなみに俺も十七歳」

「嘘?!それにしては「老けてるとか言うなよ?」

「わかってるじゃない」

「大人びていると言え」

「老けてる」

「だあああ!」



ルゥは吼えると頭を抱えた。それを見てリオが今度は笑い出す。

同い年だからなのか親しみやすい。

叫ぶとはどちらがお子ちゃまなのかわからないな、と彼女は心で苦笑した。



「笑うな!」

「はいはい、はあ、笑って疲れた」

「そんだけ細ければね。ちゃんと食ってるの?」

「おかげさまで」

「ふん、ライナット様に感謝しなよ」

「ねえ、エリーゼを見て思ったんだけど」



リオはあることが気になって質問したくなった。

この際だから、聞いておきたい。



「ライナットを慕ってるんだね。エリーゼもあなたも彼の名前を口にするとき優しい顔をするから」

「きみ、変なとこ見てんなー」

「そうかな」

「まあ、俺たちはあの方に救われた身さ。そうなるのは当たり前っちゃあ当たり前」

「救われた?」

「ここから先はトップシークレットだよ。知りたいならライナット様に直接聞くんだね」

「あ、ちょ、道わからないんだけどー?」

「自分でなんとかしなー」



ルゥはリオを置いて一人でどこかへと歩いて行ってしまった。ぽつんと残されたリオ。

ため息を吐いて辺りを見回す。



「さて、存分に迷子を堪能しますか」



また誰かに遭遇するかもしれないし、もしかしたら自分の部屋まで戻れるかもしれない。

外に出ないようにしつつ、ぐるりと塔の中を巡ることにした。


ーーーーー
ーーー



「お腹すいたな」



散々歩き回った結果、収穫なし。誰とも会わないし部屋にも戻れず途方に暮れる。

お腹の虫がぐうーと鳴っただけなのに、廊下に響き渡って恥ずかしくなる。



「お昼、近いな」



エリーゼがお昼を持ってきてくれる前にどうにかしなければ。

リオは歩調を速めて角という角を曲がって行く。



「あ、良い匂いがする」



突然、風に乗って美味しそうな匂いが鼻腔をくすぐった。匂いからしてどうやらピザを焼いているらしい。

蕩けるチーズ、サクサクの生地、もっちりとした耳……



「涎出そう……」



かつては自分でも作れたピザ。最近は作っていなかったためどんどんと美味しそうな妄想へと膨らむ。

トマトソースかけて、ピーマンとベーコンと玉ねぎ乗せて、最後にバジルを……



「なんで厨房には辿り着けるのかしら」



厨房を前にして首を捻る。匂いだけで辿り着けるのだから、自分の部屋まで行けないものか。

リオはそこで立ち往生したものの、匂いにつられて中に入ってしまった。



「暑い……けど良い匂い」



少し歩けば、本格的な火釜があって驚く。しかし、ピザがチーズをグツグツとさせながら焼かれているのを見て思わず唾を飲んでしまった。

眺めすぎて目が乾いて来たため、顔を引けば、視界の隅に入るコック姿の体格のいいおじさん。

その人は口に手を当てて叫ぼうとしたから彼女は慌てて遮った。



「泥ぼ「違います違います!」

「じゃあ誰だ?」

「ええっと……」

「やっぱり泥ぼ「断じて違います!リオーネです!」

「初めからそう言えばいい」

「すみません……」

「それで、お嬢さんがこんなところに何の用だ?」

「お、お腹がすいてしまって……」

「お?」



おじさんは目を丸くさせると、豪快にガハハと笑い出した。

しきりに笑った後、ピザを見てウインクをする。



「味見するかね?」

「いいんですか?」

「遠慮はいらんぞ」

「いただきます!」



鉄板の上に置かれたピザは、均等にカットされた後でもしばらくチーズを沸騰させていた。

香ばしい匂いがさらに強くなる。



「まだ熱いぞ」

「待ちきれない……」

「皿に取ってやっからちょっと待ってな」



おじさんは熱さをもろともせずピザの一欠片を摘まんで白い皿の上に乗せた。自分の分もちゃっかりと別の皿に乗せる。

しかし、その指をすかさず水を当てて冷やす。



「なんか、すみません……」

「いや、俺も食いたかったんだ。味見だ味見、つまみ食いじゃあない」

「思いっきり摘まんでましたけど」

「見なかったことにしてくれぇい」



おじさんは白い歯を見せてニッと笑うと、他のピザも釜から出して切り始めた。その間に冷まさせるつもりらしい。

ピザはトマトベースだけではなく、チーズに蜂蜜をかけたり海鮮を乗せてあったりと全てが美味しそうに焼き上がっていた。


おじさんを待ってから同時にピザを頬張る。



「美味しいですね」

「まったくだ。材料がいいからな」

「どこで採れた物なんですか?」

「ガナル寄りの土地だ。あそこは土壌がいいから良いものがよく育つ」



……それが、戦争の原因。

リオはそう思い当たって表情を曇らせた。その変化を見た彼は敢えて無視し、最後の一口を食べ終えて指を拭いた。



「俺はダース。これからよろしくな」

「あ、はい。コックさんなんですよね?」

「そうだが」

「あの、お願いがあるんですけど」

「ほう?」

「ここで料理をしてもいいですか」



数分後、食事を取りに来たエリーゼとばったり出くわしたリオは自分の部屋に戻ることができた。

その足取りは軽かった。



「なんであんなところに?」

「迷ってたら匂いにつられて……」

「なるほどね。あんたは食いしん坊なわけだ」

「でも、もう厨房までの道のりは迷わないもん」

「どうかしら。厨房にしか行けないじゃないの」

「他に行きたいところがあったらエリーゼに聞くから平気よ」

「私だって暇じゃないのよ」

「じゃあルゥでもいいや」

「ルゥに会ったの?……あいつは。ちゃんと許可をもらってるんだか」

「許可?」

「なんでもない。で、なんでそんなにご機嫌がいいわけ?」



あのね、とリオは上機嫌に話し出した。

その内容は、厨房でお菓子を作ってもいいこと。ダースは実はお菓子は苦手で、細かい分量を計るのが面倒だったようだ。

食材は好きなものを使っていいとのこと。ただし勝手にお菓子以外のものは作らないこと、と念を押された。自分の仕事を盗られるのがたまらなく嫌なのだそうだ。


それに返事をし、交渉が成立したのだ。



「変なの。素直に作られたものを食べていればいいじゃない」

「チッチッチッ。わかってないなあ」



作るのが楽しいんじゃない。あとは、食べてもらう喜び。


彼女なりに、現実を受け止めようとしていた。確かにここの人たちはいい人ばかりだ。

だから地道に、ライナットの申し出通りに彼らを天秤にかけようとしている。


悪い人たちなのか、そうでないのかを。



< 9 / 100 >

この作品をシェア

pagetop