*Promise*~約束~【完】
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「そう言えば、どこに向かってるの?」
馬車が止まったタイミングを見計らって聞くと、シオンが扉を開けてくれた。外に出て目の前に広がったのは……大きな海だった。
「ここからは船で移動します」
「馬車はどうするの?」
「サーカスの誰かが取りに来ますのでご安心を」
肝心なことを教えてもらえなくて少し不機嫌になれば、エリーゼが代わりに答えてくれた。
「あの島見える?あそこに行くのよ」
「あそこ……?」
青い海、白い砂浜……幻想的な輝きを放つこの海原に、ぽっかりと浮かぶ黒い影。
まだ人間の手が加えられていないこの海の先には、何が待っているのだろう。
砂浜の反射が眩しくて目を細めて眺めていれば、ガイルとライナットがどこからか小舟を引いて来た。
砂と擦れるズズズ……という音が聞こえる。
「あの島は、私たちの第一歩となる島なのです」
「私たちって……?」
「あんた、説明下手ね。言葉が足りてないわよ」
「すみません……詳しく説明しますと、あの島は天使と悪魔が共存している孤島なのです。今まで官僚まで報告が届いていなかった……と言いますか、報告するのを怖がっていたようで私たちは知りませんでした。それは天使側も同じようだったのです。
ですが、大天使と魔王様が和解する、と聞き付けたあそこの住人がこぞってやって来ました。そのときに、あの島の存在が初めて認知されたのです」
「つまり、あそこは今後の天使と悪魔の在り方の理想郷なのよ。もちろん、人間も少しいるみたい」
「じゃあ、あそこはハーフなんて当たり前なんだね」
「そうよ。リオとライナット様はそこに住むことになってるわ」
「……おまえらー!準備できたぞー!」
「ほら、行くわよ」
砂に足を取られながらも進み、ガイルが船を押し出して全員が乗った。
ちょうど定員は五人らしく、男三人が交代して漕ぐことになった。島にたどり着くには二時間ぐらい掛かるらしい。
それまで、この炎天下の中ひたすら漕がないといけないのだ。
「はい、水。脱水症状にならないように気を付けなさい」
「うん。ありがとう。そうかー、あそこに住むのか」
「んで、あの島はどんぐらいの比率で共存しているんだ?」
「人間、悪魔、天使、ハーフの順にしますと、ざっと2:3:3:2ぐらいになってますね」
「あれ、ハーフが意外と少ないね」
「やはり、天使と悪魔には隔たりがありますから」
「でも、ライナット様の存在を知れば、その隔たりは消えるはずよ」
その後は三人が夢中になって議論をし始めてしまった。
完全にリオとライナットは聴衆となる。
「つーか、集落は一つでいいのか?いくつか村があってもおかしくないよな」
「一つしかないらしいですよ。私も行ってみないとわかりませんが」
「じゃあ自給自足よね?一体どんな暮らしをしてるのかしらね」
「畑作って家畜を育てるんじゃねーの?」
「種はどこから?家畜はどうやって手に入れた?……疑問がたくさんだわ。それに、今まで知らなかったんでしょ?謎ばかりね」
「言語は通じるから安心しろ」
「ですが、そこに移り住んでまだ間もないようなので発展していないのでは?」
「そうなのか?てっきり昔っからあるけど知られていない秘境か何かだと思ったんだが」
「かれこれ、二ヶ月ぐらいでしょうか」
「え?それって、私が城に来たのと同じ時期だね」
「いや、関係ないわよ」
「そうかな?」
リオは妙にその部分に親近感が湧き心を踊らせた。
しかも、自給自足と聞く。
ということは、以前の生活スタイルに近い暮らしが送れるということで、期待が膨らんだ。
「そこに住めば、ライナットが襲われることもないよね。バラモンもいないし」
「第一、知ってる人はいないでしょうね」
「うーん、ワクワクするなあ……ん?ところでルゥは?」
「ルゥは……ね」
「ダースさんも、ハルさんも……皆城にいるの?」
「城にはいないわ。国外追放になったのよ」
「なんで?!え?」
「バカかおまえっ!……エリーゼ、もっと言葉を選べよな」
「え?何?」
「言ったものはしょうがないわよ」
エリーゼはライナットが指名手配犯になった経緯をリオに聞かせ、それでここまで逃げることにしたのだと説明した。
ある人物の犠牲を除いて……
「なるほどー。ルゥたちはついて来ないんだね」
「独立よ独立。また会えるわよ」
「会えるといいよね。でも、会いに来てくれるかな?」
「……あいつらは、いつかは来る」
今まで耳を傾けていたライナットが急に喋った。
声の主をパッと振り向けば、物思いに耽ったような顔が見えた。
その表情に偽りはなく、今言ったことを確信にさせるような効果があった。
「そうだね。そのうち会えるよね……あ、カモメだ」
「ちょっと!なんでここに止まるのよ!」
「いいではないですか。カモメも休憩しているんですよ」
「あんたは漕ぐのを休憩してるだけでしょ?」
「まあまあ、二人とも」
「別に喧嘩じゃないわよ」
「そうです」
「うーん……これは……」
二人に同時に見られてリオはたじたじと仰け反ったが、実は仲良しなのかな?と思って嬉しくなった。
ハーフとはいえエリーゼは天使だし、シオンは純血の悪魔だ。その枠を越えてこうやって面と向かって話しているのはもしかしたら凄いことなのかもしれない。
リオはそう思うと、二人に温かいものを感じた。
カモメは飛んでいってしまったけれど。
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「おい、あと少しで着きそうだぞ」
「ホントだ、岸が近くて波が荒くなってきた」
「落ちないでよ」
「落ちない落ちない」
「今のあんたはやりかねないものね」
「どういう意味さ?」
「あんた、ずっとぽけーっとしてるからよ」
「大丈夫だよ、いざとなればライナットがいるし」
その一言にちらっと横目で彼を見れば、なんと寝ていた。
それに呆気に取られたものの、確かに昨夜は一睡もしていなかったし、馬車の中もリオを気にしていたためか眠りが浅いようだった。
寝るのも仕方ない、とラストスパートはシオンとガイルが受け持った。
「腕が疲れるんだよクソ!」
「言葉が汚いです!」
「普通なんだよ!」
「大天使になるであろうあなたがそんなことでどうします!」
「おまえだっていずれは魔王だろうが!」
「なんで知ってるんですか!」
「おまえこそ!」
「……あーあーあー、聞こえない。痴話喧嘩なんて聞こえない。ていうかうるさいわよあんたたち」
「こうでもしねぇと力が出ないんだよクソが!」
「同感です!」
バシャッバシャッとオールに水が跳ねる。
その音に劣らず二人の声は響いたが、ライナットはそれでも起きなかった。よほど安堵したのか、はたまたただ疲れが溜まっていただけなのか……
リオはライナットの乱れた髪を指先で払った。
「ありがと……」
わーわーと隣で騒いでいる三人をそっとしておいて、リオはライナットに人知れず囁いた。