NIKU
小さな物体は、泉の中で暮らしている。卵が融合した状態から、すでに十か月の時を経ている。泉の中いっぱいに成長した物体は、寝返りをうつことも苦しくなってきていた。

「ゴホ、ゴホ」相変わらず、妙な音をさせている。その度に不規則に動く心臓。そして、歪んだ顔は、目も鼻も口もしっかりと判明できる状態になっている。

「まずい、また甘い汁かよ。肉が食いたい、肉が食いたい」

物体は、この十か月の間、甘い汁だけを栄養として成長してきた。

「肉が食いたい」という叫びを知らせるために、がむしゃらに手足をばたつかせたものの、その叫びは届かなかったようだ。

グルッと泉の中で体を横にした瞬間、泉は大きな音をたてて流れだした。同時に、その物体も下へ下へと流れ落ちていった。



泉とともに流れ落ちた物体は、生臭い血の海から光ある世界へと導かれた。
瞼閉じたままでありながら、光を感じる。


「男の子ですよ」

人間の声を初めて耳にする。
手と足を体に引き寄せ、全身の力を込めて叫んでみた。



「肉が食べたい!」




***


「オギャー」

分娩室に響く赤ん坊の第一声は、生きている証拠であり、苦痛に耐えた母へのご褒美の声でもある。



【完】
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