翠の墓守
第壱章
第二話


「……私は、ミドリですっ!」
頬を膨らませたままミドリは先輩マチに名前を教えた。しかし、当のマチはニコニコしながら続きの言葉を待つ。
「えと、新入りちゃんだと、職場な感じがして、やだって言いますか…」
ミドリはその翠色の瞳を伏せ更に草原を映し、栗色の髪は風に従いそよそよと優しく揺らめいていた。
「折角、シスターから、頂いた新しい、名前です。使いたいし、使ってないと、また、消えてる、みたいで…」
ミドリは目線を泳がせる。
「やっぱり、ミドリちゃんはまだまだ、青いのだね。」
マチの顔は先程のようないやらしい笑みは消え、大人びた微笑みをミドリに返した。
「だから…マチ先輩の方が、よっぽど子供ですってば。」
「職場な感じとか生意気言っておいて、結局は先輩呼びなのかい?」
「うぐっ…そこを言われてしまうとは…」
ミドリは悔しそうに眉根を寄せて苦虫を噛んだような顔をした。
「それに、ぼくはミドリちゃんよりもずぅっと、お婆ちゃんよ」
時代が違うじゃない?と、今度は嫌味っぽく。
「昔はねぇ、誰が死んでも誰もなにもなかったのさ。現代とは全然違うでしょ。」
懐かしさの奥にどこか裏を孕ませた口調だった。マチはそんなことがバレないようにしたいのか、大袈裟にクルクルと廻って見せた。
「あの…すみ、ません。」
ミドリは申し訳なさそうに、ぎこちなく、そんなマチに声をかけた。
「いいよいいよ。」
マチは翠の波を眺めて軽く手を振った。
「むしろ、現代の方がぼくにはキツいかも…。あ、精神的な意味でね?」
それでも、罪悪感が拭えないのかミドリは困った顔をした。
「でも…」
「おっと、質問からズレてしまったね。なんだったっけ~、そうそう、墓守を続けている理由だっけ。」
更に弁解をしようと口を開くも、マチによりあっさりと遮られてしまう。
もうこれ以上触れてほしくないということを悟ったのか、それとも強制的に悟らされたのか。
取り敢えず、黙らなければ抜刀されそうなのでミドリは唇を噛む。
「まぁ、別にぼくは他人の死体が売られようが喰われようが、どうでも良いのだよね。」
そんなこと軽く言ったらシスターに怒られてしまうけどね。と、はにかんでみせるマチは、未だミドリが見たことのないほど残酷なものだった。
「ただね。あの、何もない暗闇で、独りで何かを待っているよりも、マシだと思ったの。」
暗闇は、ミドリも死後直後に行ったことがある。確かに、何もない、音もない、光さえなければ、希望も皆無だった。
「それが例え、戦い続けることでも、ね…」
マチはその大きな瞳に翠色の波を映し混んで、ミドリに向く。
「まぁ、この墓守って仕事はなかなかいいよ。やりがいだってあるし。」
腰のベルトに繋げられた長刀を小さな指先で撫でるマチ。その顔は自嘲の笑みがこぼれていた。
「あっ、ぁあのっ!」
草原いっぱいに聞こえるように、彼女はこう放った。
「私…好きですよ!その…先輩の戦っているところ!!!」
「へ?」
大声で語られたそれは、告白とも捉えることができたであろう。
(は、初めてだ…!誰かに、やりがいってものを認められたのは…!!)
嬉しく感じたマチは、輝く瞳でこちらを振り向き、一言ミドリに「ありがとう」と伝えようとした。
「……っ!!」
しかし、それはまだお預け。何故ならば。
「来たな。」
可愛い後輩の後ろに“いる“からだ。

「墓荒らし」



< 2 / 4 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop