形なき愛を血と称して
(六)
トトを迎えた日から二日目の夜。
てっきり、また二階の部屋にいるかと思えば、所在なさげな面もちで一階のリビングに降りてきた。
無機質な調理音から出来上がるのは一人分の食事のみ。手慣れた手つきで配膳し、椅子に深く腰掛けるリヒルトを、トトは床に座って眺めていた。
椅子は二脚ある。
それでもトトが選んだ席は、床。
よほど“あちらでのこと”が習慣付いているのが窺える。
ラズの器に餌ーードッグフードをやりつつ、トトに話しかけた。
「お前は、薬が欲しいと言わないねぇ」
ラズへの待ても、そこそこに、目配せせずとも、トトが僅かに怯えているのをリヒルトは感じていた。
「あの、赤いのは……その、怖くて」
思い出に恐怖するならば、別のことを考えれば良い。しかして、律儀にも素直に答えるトトは思い返す。
「その人が、その人じゃなくなるみたいで。気持ちいいことだって、よく、みんな言うけど……」
「失神するほどの快楽に溺れていくさまは、首を絞められた奴に似ている」
よだれを流しながら『待て』の命令を遂行するラズを撫でる。
「僕なりの感想だけど、立つこともままならなくなり、体中の力が抜ける。そうした後、瞳孔が定まらず泳ぎ続け、自身が一番みたい光景(幻想)を見る。目からは涙、口からは涎。嗚咽を漏らしながら、喘ぎ続けて、最後には意識が飛ぶ。何度となく、そんな吸血鬼を見てきた。『失神するほどの快楽』を謳い文句にすれば、どんな奴でも欲しがるって言うのに」
ラズのついでかのように、トトの頭にも手を置く。
「変わってるねぇ、“君”は」
小馬鹿にした言い方にも捉えられるのに、優しい口調から、誉められているんだとトトは照れたように笑う。
撫でられたのは一秒もない。離れていくリヒルトの手を物欲しげに見つめてしまうが、リヒルトは席に戻る。
その間に、ラズへの『良し』があり、トトの傍らではガツガツとした食事が始まっていた。
思わずお腹が鳴ってしまう。
「あの薬をやれば、空腹を感じにくくなるんだけど」
「や、やりません」
挑発的な言い方をしながら、リヒルトも食事を始める。栄養面など考えない、あるもので作った料理でも、食欲をそそる匂いがしたか、トトの腹の虫が暴れ始めているようだった。
「吸血鬼って、人間の血以外は胃が受け付けないだろう?人間の食事を食べたいと思うかな、普通」
「そんなことないですっ。美味しい物は美味しいと思います!た、ただ、やっぱり、一番満足するのは血液ですけど」
「あげないよ。僕の血は、吸血鬼にあげるものじゃない」
「うぅ……」
我慢するしかないトトは、お腹を押さえて空腹を紛らわしていた。