形なき愛を血と称して
二章、『生まれ変わったを題するなら、今の自身が相応しい』
(一)
サキュバスについて。
性欲が旺盛であり、男性の夢枕に立ち、情事を行う悪魔。
「違います違います!」
などと、読んであげた内容に赤面するトトを見た正午過ぎ。
己の出生すらも分からないトトに対して読んだ本であるが、否定をされてしまう。
トトと挿し絵のサキュバスを見比べるリヒルトは、机に腕を立てて、頬杖をする。
「そうは言っても、白い角に、蝙蝠の羽。おまけに男の理性を飛ばす肉体の造り。他に該当する悪魔はいないけどねぇ」
パラパラと粗末に扱う本は、カウヘンヘルム家当主に代々受け継がれてきた本である。
召喚師としての手引き。何代か前からは、契約したグランシエルの吸血鬼程度しか喚ばなくなったが、全盛期は悪魔を取り扱っていた。
悪魔は、様々な種族の中でも取り扱いが容易い。“取引”が出来る人種として、重宝されていたらしいが、願いを叶えるのに人間何人かの命ではそう長くは使役出来なかったのだろう。
その残骸として残る本だが、信憑性はそこいらのカルト本より信憑性はある。
間違いなくそうだとリヒルトは話すが、尚もトトは首を振る。
「わ、私、そんなの……し、しし、したこと、なくて……」
「そう?君をここに呼び出した時、随分と酷い格好していたけどーーって、今もか」
そういえば、端切れのような服であったかと思い出したかのようにリヒルトは言う。
今まで特に何とも思わなかったーーそも、トト自体が、遠くの風景のように視界に入っても気にも止めなかった。
それがどうしてか、今日はトトの姿が鮮明に見えてしまう。
「乱暴されたんじゃない?無理やり」
「いえ……。リヒルトさんが思っているようなことは……。みんな、私が気持ち悪いから」
「ああ。誰だって、虫は抱きたくないからねぇ」
涙目になられた。反論したげに唇が開くが、言葉には至らず、目が赤くなっていくのみ。
頬杖をつきながら、その様を見ていたリヒルトだが、昨日のように『おいで』と声をかける。
戸惑いの色があっても、トトは命令に従った。しゃくりを上げながらも、きちんとリヒルトの足元ーー床に座ってみせる。
「君は、僕を嫌いにならないの?」
三日目の朝になっても出て行かず、リヒルトの視界から離れない吸血鬼もどき。
足元の花を愛でたことなどないのに、リヒルトは無意識に手を伸ばしていた。
撫でれば、涙が止まる。安上がりな性格だと思う一方で、愛らしくも思えた。
「リヒルトさん、ちょっと怖いけど、優しいから好きです。ーー私のこと、気持ち悪くないって言ってくれたの、嬉しかったから」
トトの指が、リヒルトの人差し指に触れる。