形なき愛を血と称して
三章、『されど、この身の全てを以てしても、彼女の愛には届かない』
(一)
柵に、穴があった。
羊が一頭、柵を通る。
薄暗い森の中、迷った羊は戻ることを知らない。
やがて羊は、森の沼地にたどり着く。
沼地に落ちる手前で、蹄が踏みとどまる。
蹄が蹴った小石が沼に落ち、波紋が起こる。
沼地であるのに、澄み切った湖のように全体に行き渡る波紋。
羊が沼地に口をつける。
舌を出し、乾いた喉を潤した。
人間ならば、飲むのを躊躇う沼地。しかして、羊の目と人間の目は違う。
物の見え方が違うのだ。
茶と黒が入り混じった水を沼地と認識する。だが、この水は飲める。腹を下すことなく飲み干せる。