形なき愛を血と称して

「困るんだよねぇ。お前みたいな、“牙なし”、もう必要ないと言うのにねぇ」

“真に任されたもの”に対して、リヒルトは辟易していた。

二階の北側にあたる暗い部屋。
夕暮れ時の色に染まるその場にて、リヒルトの手は赤に染まっている。

一脚しかない椅子に足を組んで座り、這いつくばるモノを虫でも見る目で眺めていた。

「た、頼む、薬をっ。歯、歯なら、これも、これも、まだ、まだぁ!」

奴隷のような身なりの男は、それらしく在った。両者に主従関係が成立し、どちらが優位か一目で分かる構図の中、男は必死に自分の歯を抜いていた。

前歯奥歯と、石でも摘まむかのように取っていく。人の力で易々と抜ける物がない体の一部が、ごろごろ床に転がっていこうが、リヒルトは動じずに見物しているだけだった。

「歯ならどれでも良い訳じゃないとは、お前を呼び出した時から話していたはずだけどねぇ。もっと言えば、“そちらの当主”からーーいや、先祖代々聞き受けているはずだ。カウヘンヘルム家が欲しいのは」

躍起になった男の手は、傍らの犬が噛みちぎる。羊に対しての牧羊犬も、こんな時に役立つように“してあるのだ”。

のた打ち回る男に、リヒルトは猟銃の銃口を馬鞭代わりに使った。

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