形なき愛を血と称して
(二)
トトと過ごす日々の中、リヒルトの変化は習慣にも及ぶ。
「リヒルトさん、朝ですよー」
午前六時。リヒルトが起床する時間であるが、トトがそう言うほどリヒルトは目を開けなかった。
実際のところ、リヒルトは起床しているが、抱き枕代わりのトトを抱けば起きる体も動けない。
毎日を一緒に過ごす時間の中、寝食を共にするのはごくごく自然。
同じ時間に寝て、同じ時間に起きるわけだが、最近のリヒルトは寝坊助だとトトは思う。
寝室の扉前にいるラズでさえ、ワンワンと目覚ましの役に徹していた。
「リヒルトさん、羊。餌、餌って言ってますよ」
羊の言語を理解出来るわけないが、朝霧向こうからかすかに届く鳴き声はそうであると思わせる。
しかして、肝心の人はトトを抱いたまま、起き上がりはしない。
「ラズ、羊を食べてこい」
あげく、とんでもないことを言う口に、トトは目を丸くした。
「なっ、なっ。駄目ですよ!リヒルトさんの友達じゃないですか!」
その関係性はどうなんだと、リヒルトが瞼を開ける。
おはようのキスもそこそこに、朝特有のだらけきった肢体は、トトの体に絡みついたままだった。
「家畜だよ。金儲けのための。とは言っても、微々たるものだけど。そんな“微々たるもの”のために、トトちゃんとの大切な時間裂くのが嫌になってねぇ。羊がいなくとも、薬の精製に本腰を入れれば、変わりない毎日を送れるよ。だから、もっと」
こうしていようとする体から離れたのはトトだった。
「リヒルトさん、最近……」
ベッド横に立つトト。何か言いたげだが、遠慮しているのか唇を噛むのみ。
息を吐きつつ、リヒルトがベッドに座った。
はっとしたように、トトは床に膝をつける。
「僕は、トトちゃんのご主人様でいたいわけじゃないのだけどねぇ」
足元のマリーゴールドは健在。いくら言っても、生まれた時から染み付いた奴隷体質は改善されない。
悲しいことでもあるが、この有り様に満足している自分もいた。
「朝ご飯」
と、枕元に置いていたーーいつ何時でもトトに血を提供するために用意したナイフで、リヒルトは腕を切る。
トトの制止も聞かず、5センチほどの傷をつけた。
「やめてください、もう、もう……。リヒルトさん、腕、傷、いっぱいで」
最初は指先、そこからどんどん中枢に向かっていく傷の痕は癒えることなく、あり続ける。
もっと言えば、リヒルトの体の至る場所に傷はあった。
「舐めなよ。“晩ご飯”のとき、胴体に傷をつけたら大泣きしたから、腕にしたのにねぇ。ほら、流れる。床に落ちたら、それを舐めてもらうことになるのだから、さあ、早く。舌を這わせて、口に含んで、飲み干して」
昨日の晩のように、とは、綻んだ口が語る。
至る場所に傷をつけ、それを舐めさせる習慣はいつから出来たか。
朝食昼食夕食、間食、水分補給。生命維持に必要だと銘打ってしてきた行いは、日に日に回数が増える。
「泣いてないで、ほら」
萎れるマリーゴールドに無理を強いる。
顎を掴み、その唇に血が溢れる腕を押し付けた。
口を開けまいとする反抗も、吸血鬼の性分には抗えないらしく、ややあってトトのざらついた舌が血液を舐め、すすり始めた。