形なき愛を血と称して
ーー
午前七時過ぎ。
羊舎に行けば、羊たちから一斉にブーイングされるようだった。
いつもよりもけたたましい鳴き声は、餌の時間を過ぎているからだろう。
分かった分かったと、リヒルトはいつもの段取りで羊たちに餌を与える。
「僕の命令、聞かなかったのは初めてだな」
クゥンと鳴く犬は、その自覚があるのか、いつもより遠い位置からリヒルトを見ている。
「怒ってなどいないよ。トトちゃんがまた泣くだろうし」
羊舎から出て、青い屋根の家を見る。
トトはリヒルトの寝室にて、布団にくるまっていることだろう。
泣かせたくないと思えど、食事の度にトトは罪悪感に駆られて、苦しんでしまう。
しかして、餓死させる訳にもいかない。
一度、頭を使ったトトが、リヒルト以外の血を飲むと言ったことがある。
「恋人に、他の奴の体液、飲ませて嬉しい奴がどこにいる」
想像もしたくないことを平気で言ってのけるトトに、自覚してもらうとして、手首を切ったのは記憶に新しい。
動脈共に神経までも切れたせいで、握力が弱くなり、力仕事が億劫になってしまったが、以来、トトはそういったことを口にしなくなったので、後悔はしていない。
「どうして、分かってもらえないのか」
ぜんぶ、君のためなのに。
その思いはあれど、やはり泣かせてしまうのであっては、やり方が間違っている。
罪悪感に駆られることなく、リヒルトの血を飲むことが善であると本人が思う方法はーー
「メェー!」
と、物思いに耽っていれば、二頭の羊が頭突きをしあっていた。
大して珍しくもない。温厚な羊でも、何かの拍子に喧嘩をする。今の段階なら、十中八九、餌関連のこと。
勝負あったか、片方の羊がそそくさと退散し、残った羊が餌を食べる。
羊に表情などないが、勝者としての喜びが相まって、いつもより食が進んでいるようだ。
「優越感……か」
言葉に出した瞬間、天恵でも受けた気持ちとなった。
「そうか。今までどうして」
気づかなかったのかと、笑ってしまう。
笑ってしまうほど、簡単なことがあったではないか。