形なき愛を血と称して
「“牙”なんだよ。お前たち、吸血鬼のねぇ」
転がる歯の一つを手に取る。
丸まった白は噛み切るというよりも、噛み砕くに適した人間のそれと変わりはしない。
「都合、38回。祖父の代から見てきたが、吸血鬼の牙は平均しても50回は生え代わるというのにーー」
イラつきを抑えるかのような溜め息をつき、牧羊犬に歯を与えた。
丸飲みではなく、きちんと租借し食す犬の牙。普通の犬に出来ぬ芸当も、銀色の犬歯を見てしまえば、大概の吸血鬼は震え上がる。
「若い僕が当主になったものだから、舐められているんだねぇ、きっと。お前みたいな下等を送ってくるのだから。心外だ、とてつもなく。まあ、言う前に体の芯から刻みつけられたと思うけど」
猟銃の引き金を引く。
男の腹に向けて。
「後にも先にも、家畜を家畜以上に“らしく”させるのは、僕だけだろう」
赤い穴につま先をねじ込む。
反抗しようものならば、その手足を犬が制する。
家を軋ませるほどの絶叫。
散々に痛めつけられた男は、端切れとなる。
「おねが、くす、薬ぃ」
それでも死ねないのは人外の証でしかなく、死ぬ間際まで執着した物により、最期までリヒルトの優位は不変のままであった。
無様だと鼻で笑ってしまう。
こんな物のために、布切れ以下の存在になり果てるのか。
「もっとも、それを商売としている僕もまた、笑い種なんだろうけど」
自虐的の含み笑いを交え、リヒルトは足を後退させる。
男から距離を置けば、察したかのように足元でお座りの姿勢をする牧羊犬もこの事の成り行きに慣れていた。